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成金悪役家の当て馬令嬢は、はやく断罪後を満喫したい  作者: 杓子ねこ
第二章

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第51話.夢の中

 瓦礫の山のただ中に、ルクレシアは立ちすくんでいた。

 

 あの夢だ。ゴルディと出会った時の夢。

 ルクレシアの目線は低い。当時の姿になっているからだった。

 

 しかし今度はゴルディは現れず、ルクレシアには周囲を見まわす余裕もあった。

 

(明晰夢、てやつかしら。ん、いえ、走馬灯?)

 

 そういえば自分は胸を貫かれたはずだ。しかし幼い体つきになった自分の胸に穴はない。

 

 何かを感じてルクレシアは振り向いた。

 背後にはかろうじて残ったと見える煤けた壁があった。窓ガラスは割れ、屋根は崩れ、雨ざらしとなった室内は家具が引き倒された形で焼け残っている。

 ただ瓦礫だと思っていた足元の破片が、立派な屋敷の残骸であったことをルクレシアは初めて知った。

 

(声が聞こえる気がする)

 

 廃墟となった屋敷の向こう側、ゴルディが来るのとは反対の方向からだ。

 

 屋敷を大きく回り込みながらルクレシアは考えた。

 

 これは邪竜の見せる夢、邪竜が取り込んだ魂を探る際の副産物といったところではないだろうか。

 

 依り代としてベルナティオの貪欲さが必要とされたように、ウィルフォードの魔力や魔法を利用したように。

 

 邪竜には対象者の魂を己のものとする能力がある。

 

 けれどこれはレクレシアの記憶ではない。幼かったルクレシアは辛い記憶を頭の中から消してしまった。その記憶が取り出せたとしても、見てもいない瓦礫の向こう側に行けるわけがないのだ。

 

 だとしたら、この記憶の持ち主は。

 

 ようやく崩れた壁の端まできて、ルクレシアはそっと隠されていた側を覗き込んだ。

 

 先ほどのルクレシアのように呆然と立ちすくんでいるのは、予想どおり自分と同じ髪色を持つ男――ザカリー。

 

 ルクレシアが幼いように、ザカリーもずっと若い。

 

 けれど、当時の疲れと悲しみが、その若さを上書きしていた。

 肌に艶はなく、シャツはすり切れてあちこちに染みができている。十数年たった王宮ではきっちりと整えられていた髪は、ざんばらにのびて土埃に汚れ放題。

 なにより目を引くのは、両の目の下に刻まれた涙の跡だ。

 

 身だしなみを整える暇もなく彷徨い、頬をつたう涙がそこだけ土埃を洗い流し、また覆い、また泣いて、そんなことをくり返すうちに取ろうとしても取れなくなったのだろう。

 くっきりと刻まれた、滑稽にも見える涙の軌跡。

 

(まさか、この場にザカリーもいたなんて)

 

 もちろんまったく同じ時刻ではないだろうが、記憶に持つ情景が重ね合わせられる程度には近しい時期に、ザカリーとルクレシアはここにいた。

 

 どんな冗談なのかと言いたくなる。

 驚きを通り越して呆れてしまったルクレシアとは違い、ザカリーはまだ状況を把握できていない。

 

 自分の両手を見つめ、髪を掻きまわして、唇を震わせた。

 

「これは、夢……なのか?」

「ええ、そうよ」

 

 漏れた呟きに、思わず答えを返す。

 誰かいるとは思わなかったのだろう、廃虚の壁面から姿を現した幼い子どもに、ザカリーが目を見開く。

 

 やがてザカリーの視線は、自分と同じ、乱れて艶を失った紫の髪に止まった。

 

「ルクレシア嬢か?」

「ええ」

 

 二つ目の問いにも頷いて、ルクレシアはザカリーのそばへ歩む。足元で土埃があがった。

 

「邪竜がわたくしとあなたの記憶をつなぎあわせて、この光景を再現した。まあ、夢みたいなものね」

「記憶をつなぎあわせて……」

 

 再現、という言葉の意味にたどりついたザカリーの目は、さらに見開かれた。

 

 まさか、と言いたいのだろう。でも口を開いても何も出てこない。言葉も、声も。呼吸すら。

 

「わたくしには記憶がないの。ここがどこで、もともとのわたくしが誰で、なぜここにいたのかも、わからないのよ」

「――……」

 

 静寂が周囲を支配した。

 でもこれは本当に静寂だったのだろうかとルクレシアは思う。音が、別の光景が、ゴルディのような通りすがりの誰かが、存在していたのかもしれない。

 

 ただ、ルクレシアにもザカリーにも、瓦礫と崩れた屋敷以外にこの場に記憶に残るものがなかった。

 

「ここは、ウェルデア王国の……マーデコット伯爵家の屋敷だ。屋敷だった、と言えば正しいかもしれん」

 

 絞りだすようにザカリーが言う。

 

「マーデコット……」

 

 口の中で転がしてみても、その音はどうにも馴染みがなかった。

 食べつけない料理を味わったような、微妙な顔になったルクレシアを一瞥し、ザカリーはすぐに視線を逸らして瓦礫を見つめた。

 

「……私の妻の実家だ。ニコルデアの攻撃が始まり、私は妻を王宮から逃がした。戦が終わり、ようやく動けるようになって――」

 

 ザカリーは言葉を切った。

 迎えにきた、そのつもりだった。しかしそうはならなかったのだから、ザカリーが口にするのにふさわしい言葉はない。

 

 瓦礫となってしまった妻の生家をただ眺め、枯れた涙の跡を新しく濡らすこともできなかった、それをなんと表せばいいのか。

 

 ザカリーの視線がふたたびルクレシアへ向けられた。

 

「……お前は……いや、君は」

 

「あなたの娘、みたいね」

 

 先ほどザカリーもたどりついたのだろう答えを、ルクレシアは口にする。

 

 当て馬令嬢ルクレシアと、ラスボスのザカリー。

 髪の色から派生した考察は、どうやら当たっていたらしい。

 

(だからといって感動の再会をするつもりもないけれど)

 

 それよりも邪竜に取り込まれたのなら、どうにかして脱出したいところだが――。

 

 ルクレシアは空を仰いだ。土埃にまみれたような空は、濁った色の雲が太陽を遮っている。

 

 その雲に、亀裂が走った。

 言葉を失っていたザカリーも空を見上げ、眉をひそめる。

 

「なんだ、この……雄叫び、か?」

 

 訝しげなザカリーにルクレシアは笑った。

 

 空から響いてくるのは、二重の雄叫び。

 

 その声の持ち主が誰と誰なのか、ザカリーにわからなくとも、ルクレシアにはわかる。

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