第50話.VS邪竜④
シュゼットのこぶしが邪竜の額の眼にめり込む。虹彩がバキリと音を立ててヒビ割れ、透明な破片がいくつも落ちた。
それは、崩壊というのがふさわしかった。
ヒビは徐々に大きな亀裂となり、より広く、より深く侵攻していく。
その崩れていく様に、ルクレシアは額の眼の正体に気づいた。
(聖廟にあった、巨大なクリスタル?)
人々の祈りの力を捧げられ、魔力を吸収し、また増幅もさせる装置。それが邪竜の第三の眼になっていたのだ。
そして――。
ひときわ大きな亀裂が走り、クリスタルは真っ二つに割れた。と思えば、放物線を描いて投げ出されてきたのは太った体――ベルナティオだ。
「レイ!」
「はっ」
ルクレシアの呼び声に応じ、レイが飛んだ。空中で横抱きにベルナティオを受けとめ、冷静な動きで瓦礫の少ない安全な場所に降り立つ。
嬉しくない絵面のお姫様抱っこだ。
「師匠!! よかった、無事で……」
シュゼットの声がして振り向けば、ウィルフォードが同じく横抱きにされて無の顔になっていた。
どうやら魔力枯渇を起こしかけているらしいが、命に別状はなさそうだ。
その後ろにはウィルフォードの部下たち。彼らはウィルフォードに守られていたようで、割れた邪竜の額から破片とともにぼろぼろと落ちてくるものの、自力で魔法を駆使して地面に着地している。
聖属性の防御がなくなったことで、邪竜への攻撃が通り始めた。アルフォンスの聖剣で切られた箇所から闇の魔力が蒸発していくのが見える。
部下にウィルフォードを託したシュゼットも邪竜へ突進する。
とりあえず、どう見ても宙を飛んでいるのは気にしないことにするとして……。
「えやああああっ!!」
「ギャオオオォンンンン!!」
建物をしのぐほどの巨大な邪竜だが、それだけに動きが遅い。
シュゼットを追いきれずにめちゃくちゃに吐きだす黒炎も魔力を削っていることだろう。
ルクレシアはほっと息をついた。
前世の記憶を取り戻したルクレシアは、非情になりきれない。
ゲームでは名前のわからなかったバイロや部下たち、ネロやブルーノをはじめとしたメイフェア地区の子どもたち。
目の前の魔導師団の人々だって、誰にも傷ついてほしくない。
今のルクレシアにとってはこれが現実。
もとがゲームの世界だからといって、負けたからやり直し、なんてわけにはいかないのだ。
たぶん、そんなことを考えていたからだろう。
「ヒィッ!! あいつが!! こっちを見てる!! また、取り込まれる……っ!!」
ベルナティオの悲鳴に顔をあげたルクレシアは、邪竜の視線の先を悟って、反射的に地面を蹴った。
邪竜が見ているのはベルナティオではない。
邪竜の召喚には依り代が必要だった。
アウグストが言ったとおり、貪欲さを煮詰めたようなベルナティオは邪竜を復活させることができた。泥じみた瘴気に形を成さしめたのはベルナティオの欲深さゆえ。
ただ、邪竜にとってもベルナティオはあまりにも情けなさすぎたようだ。
わざわざ二度喰らいたい獲物かと言えば、否。
ベルナティオだけでなくウィルフォードや魔術師団員まで吐きださせられ、シュゼットを喰らうことを諦めた邪竜は、聖なる魔力よりも己と相性のいい魂を吸収することに決めたらしい。
邪竜が見ているのは、二階、宰相室の窓際にたたずむザカリーとアウグスト。
そのうちどちらが邪竜が食らう魂にふさわしいかといえば、燃え盛るような憎悪を持った、ザカリー。
だからルクレシアは咄嗟に足に力を入れた。
邪竜の口が開き、細剣のような舌が雷のように宙を迸ったのにあわせて。
それは前世から引き継がれた平和ボケした記憶のせいだ。
間にあうつもりも届くつもりもなかった。
ただ想定外だったのは、シュゼットのかけた身体強化の魔法がルクレシアにもばっちりガッツリ効いていて、ルクレシアの体が華麗に宙を舞ってしまったこと。
(あっ、届いちゃった)
ザカリーの目の前にルクレシアが飛びだした――結果的には庇った形で、邪竜の舌はルクレシアの胸を背中から貫いた。
どくん、と心臓の音が大きく響き、そして聞こえなくなる。
今わの際にはすべてがゆっくりと目に映る、そんな話は本当らしい。
ザカリーが目を見開くのがやけにはっきりと見えた。
そのザカリーの腹には、ルクレシアを貫通した舌が刺さっている。
(じゃあ助け損じゃない)
心の中で呟いた文句ごと、体がぐいっと背後に引っぱられる。
そのまま、ザカリーとルクレシアの体は、邪竜の咥内へと呑み込まれた。




