第49話.VS邪竜③
邪竜にベルナティオが取り込まれたのは、この目で見たとおり。
しかし邪竜に取り込まれたのはベルナティオだけではない。
聖廟の捜索をしていたウィルフォードや、彼の部下たちもおそらく。
そもそも、ベルナティオは邪竜を召喚するための生贄に選ばれた。彼の醜く自分勝手で貪欲な性質が、邪竜を呼びだすのに適していた、という。
(邪竜は、取り込んだ魔力からその人間の性質や記憶をある程度引き継ぐ。その前提で、ウィルフォードが取り込まれたと考えると――)
聖属性の魔法を扱うことができ、同時に弟子の動きなど知り尽くしているであろう魔導師が、邪竜の腹の中にいることになる。
「シュゼット!! アルフォンス様!! 聖属性防御がかかっています!! 邪竜はウィルフォードの魔力と知識を使っているわ!!」
ルクレシアの叫びに、シュゼットとアルフォンスは表情をこわばらせた。
ふたりとも、もしかしたらウィルフォードが巻き込まれたという可能性は考えていただろう。だがその力が使われるとは考えていなかった。
「師匠は……すごい魔導師なんです。黙って邪竜に呑み込まれたなんて思えません……でも」
「攻撃への対応を思えば、ルクレシアの推測は正しそうだな」
「……っ!」
「だめだ。動揺するな、シュゼット。戦いの最中だぞ。次の一手を考えるんだ」
青ざめたシュゼットを叱咤するアルフォンスは、邪竜から視線を逸らさない。
シュゼットも大きく息をつき、落ち着きを取り戻した。
「……アルフォンス様、聖剣で攻撃をお願いします。なるべく速く、広範囲に」
「サラッとすごいこと言うね。まあわかったよ」
「防御魔法は展開する範囲が広いほど、防御するダメージが大きいほど魔力を使うんです」
「自分の魔力を使う君より、聖剣を持つぼくが手数を多くして邪竜の魔力を削ぐほうが効率的ってことか」
「はい。同時にわたしが師匠をさがします」
アルフォンスとシュゼットの会話は淡々としたものだったが、ルクレシアのもとまで届いた。
なんだかんだと言いながらしっかり共闘している。
(やっぱりお似合いのふたりなのね。なんだか妬けちゃうかも――なんて)
当の本人たちが聞けば「「いやいやいやいや!!」」とハモりでツッコみそうなことを思い、ルクレシアはほほえんだ。
すぐに、その笑みは引きしまった表情に変わる。
(でも、わたくしでなければできないこともあるはず。しっかり戦いを見ていなくちゃ)
戦闘力にならないルクレシアでも、先ほどのように状況を見ることはできる。
視線の先で、アルフォンスが猛攻を開始する。
頭部への連撃、かと思えば後ろ足への強烈な一撃、邪竜が振り向いたときにはすでに肩へ、尾へ、次には首根を下から斬りあげて――と、アルフォンスは目まぐるしく動きまわる。
一方のシュゼットは、アルフォンスを追ってあちらこちらへ首をめぐらせる邪竜をじっと見据えていた。
シュゼットが見ているのは邪竜の動きそのものではない。魔力の流れ。
初めてシュゼットに会ったウィルフォードがひと目でその魔力量を見抜いたように、もしくはメイベルの魔力回路を解析したように、魔法に長けた者は魔力の流れを見透かすことができる。
ルクレシアに言われるまでは己の攻撃に集中していて、魔力の性質まで細かく見定めようとはしなかった。
しかしあらためて見ていけば、たしかに邪竜の体を覆うのは聖属性の防御魔法だ。
(師匠……!)
ウィルフォードの魔力と知識を――もっと言えば、〝魂〟を邪竜が使っている。それは間違いないのだろう。
本来、禁忌の召喚術から生まれた邪竜は、闇属性の攻撃魔法しか放てないはずだ。それを、ウィルフォードの魂を使うことで、魔力の属性を変換している。
最初に邪竜がシュゼットを狙ってきたのも、シュゼットを喰らえば勝利がより確実なものになると知ったから。
だが、黙って喰われているウィルフォードではない。
それは先ほども言ったとおり。
動きの鈍い邪竜は、次々と場所を変えるアルフォンスの攻撃についていけず、攻撃を防ぐためには防御魔法を体全体を覆うように展開する必要がある。
魔力の流れは薄く広くなる。
そんななかで、シュゼットの目は邪竜の体内で一つだけ、大量の魔力の放出を示す部位を見つけた。
(額の目だ!!)
アルフォンスが攻撃するたび、防御魔法は脆くなる。修復のためにはウィルフォードを通して聖属性の魔力を使わねばならない。
その一瞬だけ、分散する前の大量の魔力が存在を主張する。
(むしろ師匠が、意図を持って魔力を放出している?)
さらに目を凝らせば、魔力はちょうど眼球に沿うように流れている。
そもそも、ベルナティオも額の目に吸収されていったではないか。あれは、邪竜が生贄を取り込む機能を持つということ。
気づかなかった自分は大馬鹿者だ、とシュゼットは顔をしかめた。
必要以上に魔力を使うことは、ウィルフォードにとって大きな負担になる。
ルクレシアが教えてくれなかったら、ウィルフォードの魔力はシュゼットが特定する前に干上がっていたかもしれない。
(ううん、今はそんなことを考えてる場合じゃない)
今はただ、行動あるのみ――。
「はああああっ!!」
両足に力を込め、シュゼットが飛ぶ。
真正面に現れた聖女を、邪竜が大口を開けて迎え撃つ。
額の目を狙っていることは邪竜にも理解できた。なら直線的に突っ込んでくるシュゼットに反撃もできる。
ゴウッと魔力の噴きあがる音を立て、邪竜の口吻から闇の魔力が放たれる。
黒炎となったそれは、一瞬でシュゼットを呑み込んだ。
邪竜が本来持つ、圧倒的なまでの魔力。
だが、シュゼットとて聖女。あっけなく灼き尽くされるわけもない。
邪竜がしているのと同様、己の周囲に防御魔法を張りめぐらし、闇の魔力を相殺する。
黒炎からシュゼットの体が抜けでた。
最大出力の魔力を込めて振りかぶったこぶしが、うなりをあげて邪竜の額の目を直撃する。
だがこれも、決定打にはなり得ないはずだった――これまでなら。
「……!?」
人ならざる邪竜が、狼狽するのが伝わってきた。
なるほどシュゼットのこぶしは、防御魔法に阻まれて邪竜の目の前で止まっている。
だが、止まっているのだ。
殴り飛ばされ、ある意味ではそれで間合いをリセットできていた邪竜の頭はピクリとも動かない。
「ガ……!!」
「うん、さすがは聖剣だよね。とても賢い」
邪竜の頭部を後方からがっちりと受け止めているのは、アルフォンスの聖剣。
「魔力を隠したいと願ったら、一度ただの剣に戻ってくれたんだ」
そうして邪竜がシュゼットに気をとられているうちに、アルフォンスは背後にまわり込み、シュレットの攻撃と同時に邪竜の頭部を挟み撃ちにしたのだった。
「グオオオ!!」
状況を理解した邪竜に逃げる暇を与えず、シュゼットはふたたびこぶしに魔力を込めた。アルフォンスの聖剣も輝く光を放つ。
すでに一撃を受けて脆くなっていた防御魔法が、耐えきれず崩壊する。
「やあああああああっっ!!!」
まっすぐに突き入れたこぶしは、鱗に覆われた邪竜の体表へ達した。




