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成金悪役家の当て馬令嬢は、はやく断罪後を満喫したい  作者: 杓子ねこ
第二章

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第44話.王太子と執事

 ――時は、ウィルフォードが神殿を訪れた時刻より少しさかのぼる。


「失礼いたしました」と頭をさげ、アルフォンスは国王の執務室を出た。

 付き従うレイは、普段の執事服とは違ったジャケット姿。アルフォンスからは何も言わなかったが、父――国王は、新しい侍従だと勝手に得心したようだ。

 実際、レイは王太子の侍従として完璧に振る舞った。

 

 初めて会ったルクレシアも、令嬢として非の打ち所ない所作を見せ、アルフォンスを驚かせたものだ。

 そうした教育は、オルピュール家全体の方針であるという――シュゼットにだけはうまく作用していない気がするが。

  

「どう思う」

 

 部屋に戻り、ドアを閉めるなりアルフォンスは口火を切る。

 

「何もありませんね」

 

 レイの答えは簡潔だった。

 ぼかされた話題は、国王とアルフォンス暗殺計画の関係についてだ。

 

「やはりそうか。よかった……と言えるか。身内な敵がいないことはよろこばしい」

 

 アルフォンスは天井を見上げてため息をつく。

 

「しかしこの一週間、結局何も起こらず、したがって手がかりはなしだ」

 

 ルクレシアが帰宅してから一週間。アルフォンスは王宮を動きまわった。普段は行かない場所にも行き、話しかけない貴族にも声をかけた。

 

 レイは時には姿を変え、時には身を潜めながら、アルフォンスの周囲をさぐったのだが――。

 

「暗殺を企んでいそうな気配は感じません」

 

 というのがレイの見立てだった。

 

 ついに今日、アルフォンスは父国王に王位継承権についても話を振ってみた。従弟の名も出した。

 しかし国王からはこれといった反応もなく、「いいよなあ、弟は。直轄領で昼寝三昧だとよ」という気の抜けた台詞が返ってきただけ。

 

「……父上についてどう思う?」

「言葉を選んで申し上げるなら、さすがはこの国の王たる方かと」

 

 レイの容赦ない皮肉にアルフォンスは苦笑した。

 金がないだの、裏社会の悪党から妃を迎えることになるだの、父の頭の中は貴族たちへの言い訳でいっぱいだろうが、そんなことを気にしている時点で――自分よりも責任の軽い王弟の地位を羨ましがっている時点で、よりよい政治が期待できるわけもない。

 ルクレシアに厳しく諭されてから、アルフォンスはそのことに気づいた。

 

「ぼくは殺されるわけにはいかないな。だが、本当にぼくを殺そうとしている者がいるのかな」

 

 椅子の背もたれに深く身をあずけると、レイはすぐにグラスへ水をそそいだ。水差しには氷とレモンが入っていて、それなりに緊張した喉を爽やかな冷たさが潤す。

 よく気の利く男だというのはこの一週間でわかった。護衛と従者の役割を同時にこなせるのだから、ルクレシアに重宝されるはずだとアルフォンスも認めざるを得ない。

 加えて、流れるような銀髪に整った顔立ち。

 

「気配というのは、呼吸のことです。どんなにひそめてもなくすことはできません。不必要に立ち止まれば呼吸は乱れ、物陰からこちらを窺えば押し殺した息遣いになる。しかし、そうした呼吸を王宮内で感じることはありませんでした」

「こちらが感づいたことに向こうも感づいて、暗殺をとり止めた?」

「その可能性もありますが、痕跡も何も残さずにというのは難しいですね」

「では――」

「はい」

 

 薄々思いながらも、狙いが不明で退けてきた可能性を、検討しなければならないようだ。

 

「王太子の暗殺計画そのものが嘘だったのかもしれません」

「だがなんのためにそんなことをする?」

「わかりません。ただ、誰のためにかはわかります」

 

 レイは思い返すように視線を宙に向けた。

 

「嘘をつくのは、誰かを騙したいからです。この一週間、王宮内を見ても、備えている者――計画を知って、利を得ようと身構えているそぶりの者すら見かけませんでした。国王陛下のお言葉を信じるなら、王弟殿下も普段とお変わりなくおすごしです」

 

 ルクレシアとレイが図書館に行ったのは偶然だ。しかも暗殺はアウグストが口をすべらせたもの。ルクレシアに聞かせて動揺を誘いたかったわけではない。

 ザカリーが意図をもって暗殺計画を告げた相手は一人だけ。

 

「アウグストか……」

「その背後のベルナティオも、ではあるでしょう。だとしたら、我々の行動は裏目に出たかもしれません」

「裏目に?」

「アウグストを相手に殿下の暗殺を仄めかしたのなら、それは()()()()()()()()()()()()()()のだと示すためです。仲間に引き入れるとか、交換条件ではなく、脅しに近い」

「……! そうか、聖廟だな」

 

 アルフォンスは眉をひそめた。

 聖廟にある〝モノ〟を、ザカリーは使いたい。アウグストとベルナティオは使いたくない。だから、使わざるを得ない状況なのだと、自分も王太子暗殺に手を染めるのだと信じ込ませた。

 司祭たちを追い詰めるような行動は、ザカリーの望むところなのだ。

 

「まずいな、ウィルフォードが――」

 

 まるで、不吉な予想を肯定するかのように。

 

 巨大な建造物が崩れ落ちる破壊音が、アルフォンスの耳に届いた。

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