第43話.筆頭魔導師と悪徳神官
大神殿を訪れたウィルフォードを迎えたのは、ベルナティオだった。
腰をまげて両手をすりあわせながら、媚びた笑みを浮かべてウィルフォードの表情をうかがっている。
あれから――ルクレシアに聖教会の企みを聞かされてから、一週間がたっている。
今朝、いったいどう尋問してやろうかとあの手この手を考えていたウィルフォードのもとへ、ようやくアルフォンスとルクレシアから「捜査を進めてよし」の連絡がきた。
待ちかまえていたウィルフォードは、数名の部下を連れて、大神殿へやってきたのだった。
「〝聖廟〟内で禁忌魔法を研究しているとの通報があった。内部を改めさせてもらう」
言いながらも、違和感にウィルフォードは眉をひそめた。
周囲を見まわすものの、ほかの神官はいないらしい。
人払いを、と言ったのは魔導師団のほうだから、最低限の要員で出迎えを受けるのはおかしくはない。だが、ベルナティオは司祭身分とはいえ、今回の件に関してはただの下っ端だ。ウィルフォードのみならず、ルクレシアの認識もそのはず。
魔導師団が禁忌魔法の調査にきたというのに、ベルナティオ一人に対応させるものだろうか。
「私は聖廟の鍵を持っておりません。鍵を持っているのはアウグストという司祭で……」
ベルナティオの口から出たアウグストの名に、ウィルフォードは片眉をあげた。
「ではそのアウグストはどこにいる」
「宰相様のところへ」
「なぜ司祭が宰相と会う必要がある?」
「改修の寄付をお願いしているのです。王家の皆様にもです。ですから王宮へはよく行くのです」
ベルナティオはますます焦ったように手をすりあわせ、笑みを深くした。
視線はそわそわと宙をさまよっている。
ウィルフォードの態度にすっかり威圧されたようだ。自分とは異なる所属の、年下の若者に怯え、なんとか逃げ道はないだろうかとでも考えていそうな様子。
(愚物か)
逃げ道など作るわけがない。
ルクレシアはウィルフォードを焚きつけたと思っているようだが、そうした私怨だけで動いているわけではない。
禁忌魔法というのはそれだけで国を破壊することもある。だから禁忌魔法なのだ。
宮廷筆頭魔術師として、疑いがあるというだけでも当然見過ごせない。
「鍵がないからといって出直すわけもあるまい。聖廟へ案内してもらおう」
長身のウィルフォードに鋭い目で睨みつけられ、ベルナティオはついに笑みを拭い去って顔を引きつらせた。
「聖廟はこちらです……」
ベルナティオが先に立って歩きだす。
大聖堂内は豪華絢爛に輝いていた。金をまとわされた女神像に首をかしげながら、ウィルフォードたちも続く。
(しかし……アウグストが王宮で、宰相と?)
ベルナティオの言葉を反芻し、ウィルフォードは眉をひそめる。
ウィルフォードに許可を出したということは、ルクレシアたちも何かしらの動きに出たはず。
詳しく聞いてはいないものの、自分がこうして大聖堂を訪れたように、ルクレシアがザカリーと対峙している可能性もある。
そこにアウグストが?
(……まあいい)
シュゼットもついている。大丈夫だろう、とウィルフォードは思考を打ち切った。
それよりも彼が向き合わなければならないのは聖廟での疑惑。
「こちらが聖廟です」
大聖堂に併設された、真新しい建物。
白壁には彫刻が刻まれ、外から眺めるだけでも信徒ならば壮厳な気持ちになるだろう。
女神すら研究対象としてしか見なしていないウィルフォードにとってはとくに感慨もなかったが。
その無表情のまま、ウィルフォードは聖廟の扉に近づいた。
両開きの扉には錠がかけられて、足を踏み入れることは許さぬとでも言うように彫刻の守護獣が牙を見せて威嚇する。
「鍵がないなら壊すまでだ」
ウィルフォードが手をかざせば、守護獣の顔ごと錠がどろりと融ける。
「!!」
ベルナティオが息を呑んだ。
扉についている鍵も扉ごと溶かし、二重の封印を突破した魔導師団は、聖廟の中へと入った。
「ここだな」
そびえたつ水晶には見向きもせず、つかつかと中央を歩いたウィルフォードは足音の変わった場所を見下ろした。
巧みに隠されてはいるが、床にタイルの継ぎ目とは違う線が走っている。
しゃがみ込むウィルフォードを、ベルナティオは青ざめた顔で見つめるだけだ。制止も抵抗も意味がない。むしろ自分が関わりを持つことを示してしまう。
残された道は――。
駆けだそうとしたベルナティオを魔導師団の部下たちが拘束した。
「わ、私は何も知りません! 私は聖廟の鍵を持っていなかったのです。アウグストにとりあげられて……」
「だがとりあげられる以前には鍵を持つのはアウグストとお前だった、そうだな?」
左右から両肩を押さえられ膝をつくベルナティオに冷ややかな視線を向け、ウィルフォードは断ずる。
「逃げるのもよい選択肢とは言えないな。どのみち貴様の処罰は避けられん」
目を見開くベルナティオの前で、ウィルフォードはふたたび魔法を使った。床の一部が融け、その下に隠し階段が現れる。
「お前に残されたいくらかマシな道は、おとなしく罪を認めて自白することだ」
「ひ……!!」
ベルナティオは顔面蒼白になり、追い詰められた獣のように呼吸を速めた。
そこで初めて、ウィルフォードは違和感を覚える。
(妙だ)
ベルナティオの反応からして、ここに何かあるのは間違いない。
だが、恐れすぎている。
そこまで焦るのなら対策をしていて当然なのに、聖廟には何もなかった。
ただ金属の鍵で封じられ、隠されていただけで、反射結界や目眩ましの魔法などは何も。
まるで――踏み入ってくれといわんばかりに。
「ぎゃ、ぎゃあああああアアア!!!」
その考えにたどりついたと同時に、突っ伏したベルナティオが悲鳴をあげた。
太った体から魔力が漏れでる。
およそ聖職者に似つかわしくない、おぞましい闇の魔力が。
「ひぎゃ……ア、アア……言えば死ぬ……逆らっても死ぬ……」
目玉がこぼれそうなほどに目を見開き、ベルナティオはうめき声をあげる。
その口からもごぼりと黒泥のような魔力があふれた。
「呪いか……落ち着け! 解呪してやる」
そう言い聞かせながらも、それだけではないとウィルフォードも直感していた。
ベルナティオの体内で魔力が蠢き、肌が泡立つように青黒く沸騰していく。
「ギァ……ア、ギイ……」
のたうつ手足がひび割れ、裂ける。
噴き出すのは血液ではなく硬質化した魔力。
呪いの一種ではあるが、そこらの呪いとはわけが違う。
見れば、床の下にあった隠し通路からも同じ闇の魔力がごぼごぼと湧きあがっていた。
チッ、とウィルフォードは舌打ちをした。貴族にあるまじきふるまいだがこの状況には似つかわしい。それに、諫める余裕のある者などいなかった。
「禁忌魔法と結合した呪い……いや、こいつ自身が生贄なのだな」
「ウィルフォード様……!」
部下たちが駆けよってくる。助けを求めてなのか、殊勝にも上司を守ろうとしてか。
口を開いた部下たちが何を言ったのか聞こえぬうちに。
ウィルフォードは漆黒の闇に呑み込まれた。




