第39話.筆頭魔導師を味方に(後編)
「そうだ、師匠、先ほどの隠蔽魔法も素敵ですが……ルクレシアお姉様を守るような魔法はありませんか」
『どんな魔法を使っても』の内容を具体的に指折り考え始めたウィルフォードを遮って、シュゼットが尋ねる。
オルピュール家で暮らし、ウィルフォードに魔法を叩き込まれたシュゼットは、たぶんこの中で一番ず太い神経を持ちあわせている。
「ルクレシア嬢を?」
守る必要があるのか、と言いたげな語尾の上がり具合だったがウィルフォードはその言葉を飲み込んだ。
ウィルフォードでも弟子はかわいいらしい。
「そうだな……俺とシュゼットが揃ったことだし、リスクの少ない聖防護魔法がかけられる」
ウィルフォードは頷いて、「一度しか説明せんぞ」とシュゼットに向きあった。
そこから先は、ルクレシアには理解できなかった。
ウィルフォードは今から行おうとする『聖防護魔法』の仕組みや、どの程度の魔力をどう練るのか、その魔力が対象にどう影響するのか、などをシュゼットに説明して聞かせた。
シュゼットにはウィルフォードの言っていることがわかるようで、「はい、はい」とあいづちを打っている。
「そうか、だから二人分の魔力が必要なんですね」
「ああ。一人でこれをやろうとすると、負担がかかりすぎるだろう。失敗すれば術者だけでなく対象にも危険が及ぶ」
「ルクレシアお姉様を危険に晒すわけにはいきません」
(……なるほど)
師弟のやりとりを見て、ルクレシアは内心で納得した。
シュゼットは魔力が豊富なだけでなく、魔法の理解にも長けている。ウィルフォードにこのレベルでついてくる者は、宮廷魔導師を探してもなかなかいないのだろう。
知識レベルが合う、というのは、オタクにとって超重要事項なのである。
「ではいくぞ。詠唱するからあとに続け」
「はい!」
「え、もう?」
心の準備が、と慌てるルクレシアに向かって、シュゼットとウィルフォードは右手をかざした。
「聖なる、善き心をもって」
「聖なる、善き心をもって」
(いきなりツッコミどころのある呪文がきたわね)
「女神の慈悲を願い、この者の苦しみを分かちあわん」
「女神の慈悲を願い、この者の苦しみを分かちあわん」
「黄金の盾をその胸に、真珠の守りをその額に――」
「黄金の盾をその胸に、真珠の守りをその額に――」
かざされた二人の右手から、輝く光が生まれた。以前、ウィルフォードがメイベルを治癒した際に見たものと同じ――魔力だ。
光はふくらむように広がったと思ったら弾け、ルクレシアをとり囲む。
思わずため息をついてしまいそうな、幻想的な光景だった。
やがて光はルクレシアを覆うようにしてから、ふっとかき消えた。
だが消えたのではない。自分の体の中に入ってきたのだとわかる。胸に手をあてると、じんわりと灯が燈ったように暖かい気がする。
不意に、ルクレシアは昨夜の夢を思い出した。
暗闇の中をさまよう夢――まるでこのあとの不穏を示していたかのような夢だった。
このぬくもりがあればあんな暗闇にも負けないのだろうと、ルクレシアらしくないことを思う。
「どうですか、ルクレシアお姉様。体に変なところはありませんか?」
シュゼットに顔を覗き込まれて、ルクレシアは我に返った。
「ええ、大丈夫よ」
「魔力の流れも良好、お姉様の魔力ともなじんでいます」
さわさわとルクレシアの背中や腕を撫でまわしながらシュゼットが言う。チョップすべきなのか少し悩む。
「で、これはどういった魔法なの?」
聖防護魔法というくらいだから、身を守ってくれるものだということはわかるが。
「殺されてもしばらくは死なない」
「……簡潔な説明をありがとうございます」
ウィルフォードの答えにルクレシアはじっとりとした視線を向けた。
死ぬほどの傷を受けても生き延びるということだろうが、言い方が悪い。
「この魔法が効いているうちはレイと離れていてもいい、ということね」
「はい。わたしだけでもお姉様を守れるようになります」
シュゼットがレイより強いと言いきれないのは、場数を踏んでいないからだ。
攻撃力でいえば、シュゼットはレイを上まわるだろう。全属性の近距離・遠距離魔法を使いこなすシュゼットは、敵を殲滅させる能力は段違いに高い。
本当に、どうしてそんなふうに育ってしまったのかと思うところではあるが。
ただし、急襲に対応できるだけの経験が、シュゼットにはない。
暗殺というのは正面切って乗り込んできてくれるわけはなく、最も気のゆるむとき、最も事の起こしにくそうな場所を狙って行われるものだ。
レイならば事前に察知できるが、シュゼットにはそれができない。結局、暗殺者に対抗するという意味ではレイしかいない。
その弱点を補うのがこの聖防護魔法だ。
初手で致命傷にならなければ、シュゼットの回復魔法で傷は治る。
(まあ、それ、わたくしが第一撃を被弾する前提なのだけれど)
なんにしろこれで、レイをアルフォンスの護衛につけることができる。
「〝聖廟〟の調査のタイミングは、こちらとあわせてほしいの」
くれぐれも暴走しないようにね、と念を押せば、さすがにわかっているとウィルフォードも答えた。
「では、俺は戻る」
ウィルフォードが手をひと振りすると、その姿は見えなくなった。ふたたび認識阻害魔法をかけたのだ。
ウィルフォードの退室も、ドアが勝手に開き、勝手に閉じた、それだけのようにルクレシアたちの目には映る。
アルフォンスは肩をすくめてため息をついた。
「ウィルフォードまで取り込んでしまうとは。どうしてこう君の周りにはライバルになりそうな男が集まるんだ」
(それはここが乙女ゲームの世界で、あなたも含めてシュゼットの攻略対象だからですが――)
不満げな表情が告げているのはそういうことではないのだ。
それがわかるから、ルクレシアは言葉を飲み込むしかなかった。