第38話.筆頭魔導師を味方に(前編)
アルフォンスから「内密に話がしたい」という言伝を受けとったウィルフォードは、その意図を正確にくみ、認識阻害の魔法をまとってアルフォンスの自室を訪れた。
ので、ルクレシアたちからは、ノックをされたのに誰もおらず、首をかしげていたら部屋の中に突然ウィルフォードが姿を現した、というふうに見えた。
「お、驚いたわね……」
「ウィルフォード師匠! その魔法、わたしにも教えてください!」
「待て、シュゼット。君はよからぬことに使う気だろう」
「ルクレシアお姉様を尾行しようとなんて思っていません!」
「……殿下、それとも俺を呼びだしたのはルクレシア嬢か? 早く本題に入っていただきたいのだが」
三者三様の反応をするルクレシア、シュゼット、アルフォンスを、ウィルフォードは冷たくも見える視線で見つめた。
あいかわらず、魔法以外のことには興味がないようだ。
ルクレシアからしてみれば、けっこうな頻度でヒートアップして脱線しかけるアルフォンスとシュゼットにツッコんでくれる人間が増えたのはありがたい。
「ええ、まわりくどくしても仕方がないから単刀直入に言います。ウィルフォード様、あなたに、聖教会への立ち入り調査をしてほしいのです」
「聖教会への?」
腕組みをしたウィルフォードは片眉をあげた。
「君はまた面白いことを言うな。罪状はなんだ?」
「〝聖廟〟の地下に古代魔法を復活させようとしている疑いです」
「ほう、古代魔法」
きらりとウィルフォードの瞳の奥が光った。興味は十分に持ってもらえたようだ。
ルクレシアがシュゼットの言葉から思いついたのは、〝別件逮捕〟。
王太子の暗殺を企んだとして、アルフォンスやルクレシアが直接ザカリーを糾弾することはできない。
だが、ウィルフォードが――禁忌魔法の所持・使用を検挙する権限を持つ宮廷筆頭魔術師が、疑いありとして調査をするなら問題ない。
結果、何もなかったとしても向こうの足並みは乱れるだろうし、容疑を密告たのがルクレシアだとバレたところで政治的な弱味にはならない。
さらにダメ押しと、ルクレシアは告げる。
「そのうえ、聖教会の司祭アウグストは、第七書庫にも出入りしています」
「……!」
これはウィルフォードに相当な衝撃を与えたようだった。
あわよくばウィルフォードから情報が得られるかと思ったものの、どうやらそれは無理そうだと知る。
「ふ、ふふふ……聖教会の司祭ごときが、俺ですら入ったことのない第七書庫にだと。よろしい、後悔させてやろう」
地を這うような声でウィルフォードは呟いている。
そうか、とルクレシアは納得した。
ザカリーとアウグストは、本来のシナリオではシュゼットのつながりを通じて魔導師団に働きかける。
その際にウィルフォードが敵対しなかったのは、この魔法オタクが古代魔法の誘惑に負けて黙認したからだろう。
もちろんシナリオが進めば、彼はシュゼットの側についてともに戦ってくれるのだが。
「アウグスト、だな。覚えたぞ。どんな魔法を使っても第七書庫の情報を吐かせてやる」
まだぶつぶつと呟いているウィルフォードを、アルフォンスも引き気味の顔で見ている。
シュゼットは気にしていないので、どうやらこれがウィルフォードの素であるらしい。
押してはいけないスイッチを押してしまったような気がするが、やる気を出してくれたみたいだからよしとしよう、とルクレシアは思うことにした。