第36話.みんな、おおおつちいて(後編)
結局アルフォンスはルクレシアの案に頷かなかった。
そのかわり、
「ルクレシアも王宮に泊まればいいんだよ」
という斜め上の提案をひねりだしてきた。
「ぼくもレイの実力は知っている。彼が守ってくれるなら心強い。でも彼がルクレシアから離れるのも心配だ。だから、ぼくとルクレシアがいっしょにいればいい。そうだろう?」
「え……そう……そうですわね……?」
「お姉様!! 言いくるめられないでください!! ご自分を大切に!!!!!」
金髪の合間から覗く青い瞳に見つめられ頷きそうになるルクレシアをシュゼットが遮る。
(えーと、自分を大切にするならレイの近くにいるのがいいのでは?)
つまりアルフォンスの言うとおり、王宮に泊まるのが最善策となる?
「ああああレイさんより強いと言えない自分が悔しい……っ」
シュゼットは頭を抱えてのたうちまわっているし、なんだかもうカオスだ。
***
そんなこんなで、夜。
アルフォンスの寝室にはもう一つベッドが運び込まれ、シュゼットとルクレシアが寝そべっている。大きなベッドであるため、ふたりで眠るのはなんの支障もない。
「戦えない人間がレイのそばにいたほうがいいと思うんだけどなあ。ぼくとルクレシアが」
「いいえ、ドア近くにレイさん、ベッドにアルフォンス様、追加のベッドにわたしとお姉様。お姉様はわたしが守ります。色んな意味で」
あいかわらずシュゼットとアルフォンスの会話はよくわからない。自分よりシュゼットのほうがよほどアルフォンスの意図を汲んでいると思う。
だが、アルフォンスがなんと言おうと、ルクレシアといっしょのベッドで眠るのは却下だ。婚約者であり、レイやシュゼットがなにもなかったと証言してくれるとしても、男女での同衾はありえない。
アルフォンスもわかっていて言っているのだろう。
ふわあ、とルクレシアはあくびをした。
さすがに今日は色々なことがあった。ルクレシアも疲れたのだ。
「アルフォンス様は戦えないわけではないでしょう? 剣術も魔法もなんでもできる王子様ではないですか」
近接物理はネイン、攻撃魔法はウィルフォード、回復魔法はシュゼットと得意分野がある中で、アルフォンスは特化型ではないが物理も魔法も防御も高い万能型だ。
冒険パートでパーティから外されがちではあるが……戦えないと卑下するほどではない。
ちなみにレイは、近接攻撃も遠距離攻撃もこなすが魔法は使えない。アイテム使用にターンを消費しないというある意味チートスキルを持っていたために、その印象が強い。
(あ、レイの内ポケットからなんでも出てくるのはそれでか……)
悪役であるルクレシアは、戦闘には一ミリも役に立たない。だからといって落ち込んだりはしない。護衛でも傭兵でも雇えばいい。
(けど――もし古代魔法を復活させたザカリーと戦うことになったら)
そこらへんの傭兵では役に立たない。活躍するのはやはりシュゼットを中心とした攻略対象たちだろう。
その中に自分はいないのだ。
(わたくしにできることは何かしら……)
めずらしくしんみりしてしまうのは、アルフォンス暗殺計画を知って動揺したせいかもしれない。
そのまま眠りについてしまったルクレシアは知らなかった。
「たしかに剣術も魔法も使えるけど、ルクレシアには言ってないのに……どうして知ってるんだろう」
「そりゃアルフォンス様はお姉様が王妃の座に就くための駒ですし、状況は把握しているんじゃないですか」
「ルクレシアがぼくに興味を持ってさぐらせてたってことだよね」
「嬉しそ~……」
「当たり前でしょ」
ルクレシアの寝顔を眺めながらの、アルフォンスとシュゼットの囁きを。
「ルクレシアはぼくの人生を変えてくれた――ぼくはルクレシアを絶対に離さない」
「こわ……」
ベッドのわきに跪くと、紫の髪をひと房すくいあげ、アルフォンスは口づける。
その目に宿る真剣な光も、ルクレシアは知らなかった。




