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第33話.図書室にて(前編)

 アルフォンスとシュゼットが物思いに沈んでいたそのころ。

 ルクレシアもまた、眉根を深く寄せてうなり声をあげていた。

 

 場所は王宮内の図書室、無許可の立ち入りが厳禁されている第七書庫――の、手前である。

 

 王宮を訪れた者であれば誰もが利用できる開架第一書庫の広間から細い廊下を抜ければ、第二書庫から第六書庫までの扉がある。これらの書庫は建前上、利用できる貴族が爵位によって区切られているが、次期王太子妃となったルクレシアには関係ない。

 ただし、第七書庫に限っては、入室できるのは国王の勅許を得た者のみ。

 

「やっぱり、だめねえ……」

 

 扉に刻まれているのは、淡い光を放つ魔法陣だ。ルクレシアが手をかざしても、当然なんの反応もない。

 おそらく国王の勅許というのは何かしらの護符なのだろう。鍵となる護符以外には、爵位も魔力も関係がないようだ。

 

 暗殺者を装ったレイの誘導に見事に嵌まったアウグストは、自分がルクレシア暗殺を企てたと自白したようなものだった。

 しかしだからといってアウグストを叩いても意味がない。それよりも気になるのは、ニコルデアの暗殺者が持っていた三つ目のドラゴンのコイン。

 

 三つ目のドラゴンのモチーフは、『シュゼ永遠』のゲーム内で大きな意味を持つものではない。

 バイロの腕に彫られており、そのバイロがシュゼットを攫おうとした際に目撃され、ルクレシアの罪の証拠となる、ただそれだけ。

 

 だが、ルクレシアが多大なるシナリオ改変を起こしてしまった結果、本来出会うはずのなかったアウグストとルクレシアが出会い、三つ目のドラゴンが別の場所から飛びだしてきた。

 

(シナリオにはなかった〝裏設定〟の可能性がある)

 

 バイロが言うには、三つ目のドラゴンは今から十年ほど前に彼の出身地イヴェール領の兵士のあいだに流行ったもので、それ以上のことは知らないという。

 

 レイにも調べさせたが、「戦闘や暗殺を生業とする者のあいだで流行していたように思います」というだけで、どこが発祥なのかも、三つ目のドラゴンがどういった意味を持つのかもわからなかった。

 

「情報があるとしたら、王宮の図書室かもしれないわね」

 

 レイが描き写していたコインの絵柄を睨み、ルクレシアは腕組みをした。

 

 この国では、ドラゴンに関する研究は禁忌だ。それは、王都の壁外でときおり魔物が発生するように、『シュゼ永遠』の世界ではドラゴンは空想上の生物ではないからだ。

 一頭で町一つを壊滅させると言われるドラゴンは、長きにわたる戦いの末、人間が滅ぼしたことになっている。だが一方で、古代には、人間を生贄とすることでドラゴンを生みだす、禁忌の召喚術があったらしい。

 

 そのためドラゴン研究は禁止され、ドラゴンに関する書物などは王宮図書室の最奥、第七書庫に隔離されている。

 

 今ルクレシアとレイが第七書庫の前に立っているのは、そういった理由だった。

 

「案外、ドラゴンの刺青を入れるのは、度胸試しのようなものかもしれないけれど……」

 

 国家や騎士団の紋章をはじめ、家紋などにも、ドラゴンを入れることは禁じられている。

 アウトローな集団が仲間意識を高めるために、あえてそうした禁忌を破ったモチーフを使うというのは考えられる。

 その場合は、三つ目のドラゴンを調べてもとくに意味がないわけだが――。

 

「お嬢様」

 

 考え込んでいたルクレシアの耳元で、突然レイの囁き声がした。

 顔をあげる暇もなく、体がぐいと抱きよせられる。浮いた体は暗がりへと連れ込まれた。どうやら第六書庫に入ったらしい。

 

「!?!?」

「お静かに」

 

 叫びをあげようとした口を手袋をした手が塞いだ。くぐもった声が布に吸い込まれていく。

 レイの声は平静だ。主人がみっともなく取り乱すわけにはいかない、その一念だけで、ルクレシアは驚愕を抑え込んだ。

 

 呼吸を落ち着けると、廊下を近づいてくる足音が聞こえた。低く唸るような音は、扉越しの話し声だ。

 

 扉は一部が格子状になっていて、中を覗くことができる。ルクレシアのドレスは目につきやすい。だからレイは、己の執事服でドレスを隠すため、暗がりで自分を抱きしめている――そこまでは理解した。

 だが。

 

(なんでこんなにいい香りがするのよ――――ッ!?)

 

 ぱりっとして見えたレイのジャケットは意外と柔らかく、爽やかにしてどこか甘い香りがした。

 悪党たるもの、身だしなみくらいは完璧に整えるように、と口を酸っぱくしているゴルディの指導の賜物なのかもしれない。

 

 意思とは裏腹に心臓は音を立て、顔が赤くなっていく。

 ずっと執事としてしか見ていなかったせいで忘れていたけれども、レイは美形の男だった、とルクレシアは思いだした。そもそも攻略対象だ。

 

 幸いにもと言うべきか、そんなルクレシアの動悸は、今度ははっきりと聞こえてきた声によって静まった。

 

「勝手なことはするなと言っただろう」

 

(……ザカリー……!?)

 

 冷たい声の主はザカリーだ。不機嫌そうな声なのは、彼にしてはめずらしいかもしれない。

 おまけにザカリーに答えたのは、思いもよらない人物で。

 

「そうは言っても、聖廟の中も見られた。隠し通路もバレたかもしれない」

 

(この声、アウグストだわ……!!)

 

 聖廟の中を見られた、とは、きっとルクレシアを指している。

 思わずレイの服の袖をつかみ、ルクレシアは息を呑む。

 しかし、アウグストの声は、さらなる驚きをもたらした。

 

「聖廟の地下を見られたらお前だって困るだろう? だいたいお前が動かないから俺が……王太子殿下はいつになったら始末するんだ」

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