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第32話.今日の王宮(後編)

 レイの手によって音もなくドアが閉まるのを確認し、アルフォンスはじろりとシュゼットを睨んだ。

 

「なぜ止めなかったんだ」

「お姉様の言うことは絶対ですから。それにしつこく誘わないと会ってもらえない王子様とは違って、わたしは家に帰ればお姉様と会えますし? わざわざライバルのいる部屋にお姉様を留める必要もありませんし~?」


 苦虫を噛み潰したような顔になるアルフォンスに、シュゼットは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「アルフォンス様こそなぜ止めなかったのでしょうか?」

「……これ以上ルクレシアの機嫌を損ねたくない」

「ずいぶん弱気ですね」

 

 ふふんっと鼻で笑うシュゼットに言い返せず、アルフォンスは悔しげに眉を寄せる。

 だがすぐにその表情は愁いを帯びたものに変わった。窓辺に歩みより、細く窓を開ければ、入り込んできた風がアルフォンスの髪を揺らした。

 端正な横顔は絵に描いたようだ、とシュゼットでも思う。

 

「ルクレシアは、ぼくのことなんて見てくれない」

 

 ぽつりと呟いたその言葉が、アルフォンスが六年間で出した結論だった。

 

「初めて出会ったときからそうだったんだ。ルクレシアは何か彼女にしかわからない野望を抱いている。……ぼくはルクレシアにとって、踏み台にすぎない」

 

 誰に嫌われても構わないのだと胸を張って宣言したルクレシアは、輝いていた。

 王子という立場にふさわしい人間になれば、ルクレシアは自分を見てくれるのではないかと、そう思っていたのに。

 実際のところ、最近のルクレシアはますますそっけなくなっている。

 

 額に手を当て長いため息をつくアルフォンスに、シュゼットも苦い顔になる。

 

 ひとつ屋根の下の関係をひけらかしたけれども、シュゼットだってアルフォンスと似たようなものだ。ルクレシアはシュゼットを拾ってくれ、かわいがってくれた。

 

(今日だって、『あんたがわたくしの隣を歩くなんて図々しいのよ! オーホッホッホ!』なんてお姉様は言ってらしたけど、わたしを庇ってくださっているんだわ)

 

 宮殿内でルクレシアへ向けられる蔑みの目はシュゼットも知っている。その場に居合わせないように計らってくれたのだ。

 ルクレシアの紫の髪と美しい容姿は人目を引く。

 たしかに、ルクレシアと並んで歩かず、一人で侍従に案内されたシュゼットへは、冷たい視線は向けられなかった。むしろルクレシアが選んでくれたドレスのおかげで、どこの家の令嬢かと尋ねられたくらいだ。

 

(――でもお姉様は、わたしにもお心を明かしてくださらない)

 

 ルクレシアがシュゼットの幸せを願ってくれているのはわかる。でもそのために、ルクレシアはシュゼットとは別の方向を向いているようにも思える。

 シュゼットだけでなく、アルフォンスやネインを含めた人々にも、ルクレシアは一線を引いている。

 

 悔しいが、ルクレシアが気を許しているのは、唯一の肉親であるゴルディと、専属執事のレイだけだ。

 

「……ルクレシアお姉様は、わたしとアルフォンス様がくっつけばいいと思っているんですよ」

 

「は????????」

 

 想像以上に野太い声が出てアルフォンスは気まずそうに顔をそむけた。

 そのくらいの衝撃だったのだろう。

 

 一応、シュゼットはアルフォンスとルクレシアの仲を応援している。ルクレシアから望んだ婚約だというし、未来の王妃の座はルクレシアにふさわしいと思うからだ。少々腹黒いところのあるアルフォンスだが、ルクレシアの前では素を見せず、完璧な王子様でいてくれるだろうし。

 

 しかしルクレシアは、アルフォンス本人が落ち込んでいるように、どうやらアルフォンスを好いて婚約したわけではないらしい。

 

 そのうえ王妃の座に興味があるわけでもないらしく――。

 

「アルフォンス様がどんなに素敵な人かを、わたしに語って聞かせるのです」

「それはぼくに……」

「いえ、脈ナシです。どうやらわたし以外には言わないようですから」

 

 好意があるからでは、と言いかけたアルフォンスを素早く否定して、シュゼットはため息をつき、

 

「レイさんも聞いたことがないって言っていました」

 

 と、膝から崩れ落ちたアルフォンスに止めを刺した。

 ルクレシアが本当にアルフォンスを愛しているなら、シュゼットより前にレイに惚気るはずだ。そのくらいにレイへの信頼は強固なもの。

 

「……」

 

 アルフォンスはしばらく固まったまま動かなかったが、やがて無言で立ちあがると服についた埃を払った。

 はあ、とため息をつくアルフォンスの憂い顔はやはり無駄に整っている、とシュゼットはまた思う。

 

「ルクレシアは……あの目つきの鋭い従者が」

「レイさん。ちゃんと敬意を込めて」

「君の情緒、難しいんだよな」

 

 アルフォンスにとってレイはライバルだ。

 だが自分と同じようにルクレシア至上主義でありながら、オルピュール家で育ったシュゼットは、その序列に服従することは嫌ではないらしい。

 

「ルクレシアは、レイが好きなんだろうか」

 

 ぽつりと本音を漏らせば、シュゼットはアルフォンスを見たが、何も言わなかった。

 シュゼットも疑問に思い、しかし答えの出なかった問いなのだろう。

 

 ルクレシアがレイを常にそばに置いていることは、シュゼットから聞かなくとも知っている。

 あの日、ルクレシアのあとを追って窓から飛びだした自分を、レイは受けとめてくれた。メイフェア地区でも、ルクレシアだけでなく自分の安全にも気を配ってくれていたことはわかる。

 

「だとしたら、勝ち目がないな――」

 

 天井を仰ぐアルフォンスの肩を、シュゼットが励ますように叩いた。

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