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第30話.今日の王宮(前編)

「今日は王宮へ行くから支度をして」と告げたルクレシアに、シュゼットはあからさまに気落ちした表情になった。

 

「お姉様が誘ってくださったから……三人でお出かけかと……」

 

 ちなみに三人目というのはレイである。

 もともとメイフェア地区にいたシュゼットを見出したのはレイであり、バイロの上司もレイであり、当然シュゼットの上司もレイ、そしてなによりルクレシアが最も信頼を置く人物であるため、さすがにレイに対しては平伏しているらしい。

 

「アルフォンス様から、王宮へくるようにお手紙をいただいたのよ」

 

 名目は『めずらしいお菓子が手に入ったから』というたわいもないものだが、結婚が意識されるいま、ルクレシアやオルピュール家の動静を窺っておきたいというのが本音のはずだ。

 それに、囮として罠を張っていたあいだ、ルクレシアは油断を装うため王都の有名店で金を使いまくっていた。王太子妃としてもう少し慎ましくしてくれというお叱りでもいただけたらさらによし。

 ひとり頷くルクレシアの前で、シュゼットは斜めに床を見つめている。

 

「べつにわたしが行かなくても……いえ、たしかにお姉様の行くところはどこにでも行きたいんですけど……」

「……アルフォンス様に会えるのが嬉しくないの?」

 

 変だ、とルクレシアは内心で首をかしげる。

 この六年間で、アルフォンスは見事な成長を遂げた。要は、王道王子様系の外見と穏やかでスパダリな物腰で人気ナンバーワンを獲得した、あの〝アルフォンス〟と同じになったのだ。

 ルクレシアへの第一印象は悪かったけれど、それを挽回しそうな成長だ。ルクレシアだって時々は見惚れてしまう。

 

 前回も王宮へ参上するときにシュゼットを連れていった。かわいらしく育ったシュゼットと王子然とした貫禄を身につけたアルフォンスは、並んで立てば似合いの二人に見える。

 現に、時を経て再会した二人は、なにか通じあうものがあったかのように見つめあっていた。

 恋が芽生えるのだと思ったルクレシアは、アルフォンスのいいところを語って聞かせた。

 

 だから今日だって、よろこんでついてくると思ったのに。

 

「アルフォンス様と婚約したのはルクレシアお姉様の希望だったんでしょう?」

 

(どうしてそこで悔しそうな顔になる?)

 

 わからない。

 ルクレシアがシナリオを改変しすぎたことも、そのきっかけになったのが六年前の行動だということもわかるのだが。

 その結果、シュゼットがどんなふうに育ってしまったのかは、いまだにわからない。

 

「とにかく、口答えせずについていらっしゃい。それで、あなたはアルフォンス様に気に入られるようにふるまうの。いいわね?」

 

 わからないが、悪役令嬢らしくぴしゃりと言いつけて、これ以上の会話は無用とばかりにルクレシアはシュゼットに背中を向けた。

 シュゼットからの返事はない。もとより求めていないのだからと痛む胸に蓋をして、ルクレシアは着替えに向かった。

 

 

***

 

 

 数か月ぶりの王宮では、すれ違う者は皆ルクレシアの姿を認めると眉をひそめた。

 

(いい傾向ね!)

 

 ちなみにシュゼットはいない。ルクレシアに無礼な態度をとる者に無礼な態度をとり返すので、王宮に入るときは別れて案内してもらうようにしている。ルクレシアのそばにおいてシュゼットの株をさげても意味がないのだ。

 

 応接間に通されると、すでにアルフォンスがいた。

 

「ルクレシア!」

「アルフォンス様……」

 

 部屋に入るなり挨拶もそこそこに弾んだ声に出迎えられて、ルクレシアは呆れのまじった声をあげた。

 

 六年前、アルフォンスとともにメイフェア地区へ行き、だいぶぞんざいな口を利いた。内心では憤りを覚えていただろうに、王宮へ戻ってからアルフォンスはルクレシアへの態度を変えた。

 ルクレシアはそれを清濁併せ呑むという彼の決意だと受けとった。

 

 オルピュール家の金を利用するため、ルクレシアに媚びを売る。たとえそれが本意ではなくとも。

 

(……とはいえ、これはやりすぎじゃないかしら?)

 

「会いたかった。なかなか手紙の返事をくれないから、どうしているのかと思って」

 

 わざわざルクレシアに歩みより、手をとるアルフォンスに、ルクレシアはなんともいえない顔になった。薄く染まった頬に、ルクレシアを見つめる眼差し、おまけにその台詞。どう考えても()()()()だ。

 扉近くに控えている侍従もしかめ面になっている。

 

「さあ、ここへ座って」

 

 ルクレシアの手を引き、アルフォンスは完璧なエスコートを見せる。

 庭園を見下ろせる窓際にテーブルが置かれ、お茶の用意がしてあった。アルフォンスが椅子を引いてくれる。

 ベルベッドの座面に腰をおろしたはいいものの、どうにも居心地が悪い。

 

(シュゼットはどうしたのかしら?)

 

 バラバラに案内されているとはいえ、遅すぎないだろうか。

 視線を逸らすルクレシアの正面にアルフォンスも座った。穏やかなほほえみがルクレシアに向けられる。

 

「隣国からめずらしい果物を輸入してね。ジャムにするとおいしいんだ」

 

 縁に金細工を施した皿にはスコーンとクリーム、それにアルフォンスの言ったジャムが、深い紫に照り映えている。

 

「さあ、食べよ――」

「遅くなりまして、申し訳ありません!! シュゼットですわ!!」

 

 アルフォンスがうながした瞬間だった。

 バターン!! と応接間の扉が開け放たれ、シュゼットのはきはきとした声が響き渡った。

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