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第29話.今日のオルピュール家

 王都を囲む城壁の向こうで空が白み始め、早起きの小鳥たちが囀りを交わしあう頃。

 オルピュール家では、ひと騒動が持ちあがっていた。

 

 ガキーンと氷の塊が床に落ちるような音。それに重なる「ギャアアアアアッッッ!?!?」という野太い悲鳴で、ルクレシアは目を覚ました。

 

 

 数分後。眠い目をこするルクレシアの前で、眼光鋭く侵入者を睨みつけるのはシュゼットだった。

 

「こいつら、オルピュール家に忍び込むなんてふてえ野郎……じゃなかった、不届き者です」

 

 ゲームヒロインのはずの可愛らしい容貌から不釣り合いな言葉が出て、ルクレシアは横目でバイロを睨みつけた。シュゼットの言葉遣いは世話係のバイロから移ったのである。バイロは身を小さくして「すいやせん、つい……」と言い訳を呟く。

 

 次にルクレシアは、縄で縛られガタガタと震えている侵入者たちへ視線を移した。

 ルクレシア誘拐未遂事件を受け、シュゼットとネイン、それに心配でたまらないらしいバイロは交代で見張り当番を買って出た。

 そしてシュゼットが当番の今日、彼らが屋敷に忍び込んできた、というわけだ。

 

 先ほどまでシュゼットお得意の氷魔法で氷漬けにされていたらしい。いまは明け方にはまだ毛織のショールが必要な季節。氷が溶けたあとも、濡れた服が体温を奪うのだ。

 

(アウグストの刺客ではないわね)

 

 彼らには、ルクレシアの行動を把握し、手薄になったときを狙うだけの手順があった。

 いま青ざめた顔をしている侵入者たちは、何も考えずにオルピュール家という王都随一の魔窟へ入り込んできた。どこぞの反対派貴族から適当に雇われたならず者たちだろう。

 

 とはいえ、アウグストの刺客を捕らえてからまだ一週間。気の立っているシュゼットが見張り当番の日に忍び込んできてしまったのは彼らの不運だった。

 シュゼットは苛立った眼差しを男たちに向ける。

 

「わたしのルクレシアお姉様を尾け狙うなんて、いい度胸じゃないの」

「えっ、つけ……? 知らな……俺たちは今日が初めてで……」

「しらばっくれるつもり?」

「ヒエ……ッ」

 

 聖女らしからぬ怒気やら覇気やらを立ちのぼらせるシュゼットに、縛られた男たちは寒さのためではなく震えを大きくした。

 ご愁傷様、とルクレシアは心の中で手をあわせる。

 

「わたしが捕まえたのですから、わたしが尋問していいですよねっ!?」

「ええ、まあ」

「ルクレシアお姉様の敵、暴いて見せますよ~っ!」

 

 やる気満々と言った様子で腕まくりをするシュゼットに賊たちは青ざめる。

 まったく覚えのない情報を力づくで吐かされようとしているのだから当然だ。胃をひっくり返してもシュゼットの求める情報は出てこない。

 

「今日は命より大切な用事があるから、明日かな……。バイロさん、地下牢に放り込んでおいてください!」

「ひいいいい~~~~……」

 

 悲鳴の余韻を聞きながら、ルクレシアは窓の外に広がる王都の景色へ視線を向けた。

 オルピュール屋敷があるのは王都の外れ、城壁に近い郊外ともいえる一画であったが、近ごろはそのあたりまで屋敷が立ち並んでいる。

 真新しい屋根が日の出の陽光を浴びて輝いていくのを、ルクレシアは目を細めて眺める。

 

 ルクレシアは十八になった。アルフォンスは二十歳。

 婚約者としての時期を終え、正式な結婚を考え始める時期となった。

 

 貴族からしてみればたまったものではない。

 ただ金を持っているだけの、身分としては平民にすぎないルクレシアが国母として彼らの上に立つかもしれないのだ。反発は当然。

 

(けれど、おじい様を残してわたくしを狙うなんて、愚策中の愚策)

 

 愛孫を喪ったゴルディはそれこそ草の根を分けてでも首謀者を探し出す。オルピュール家が総力を挙げて貴族の家々と戦うなんてことになったら、国内は戦乱に呑まれる。王家を助けるつもりで取り返しのつかない失敗になる。

 まあ、どうせオルピュール家をどうにかできるほどの組織は貴族にも裏社会にもないのだが。

 

 ふわあ、とあくびを一つして、ルクレシアは部屋を出た。そのあとをシュゼットがついてくる。

 

「ルクレシアお姉様――」

その呼び方(おねえさま)は辞めなさいと言っているでしょう、シュゼット」

 

 シュゼットを振り向き、ルクレシアはキッと鋭い睨みを投げた。

 

「わたくしはあなたを妹などと認めておりません。――下賤の身分と一緒にしないでちょうだい。わたくしは貴族、それに王太子殿下の婚約者よ」

 

 シュゼットがぴたりと足を止める。震える手に罪悪感を覚えそうになってルクレシアは目を逸らした。

 

 後半はゲームどおりの台詞だ。王宮への出入りを許されたシュゼットに、ルクレシアはつらく当たる。

 自分はアルフォンスから愛されていないことを、ルクレシアは理解していた。そして同じ平民出身でも、金の力で王妃の座を狙った自分と聖女として認められたシュゼットではまったく違うのだということも理解していた。

 求めて、手に入ったはずなのに安心できない。ルクレシアはコンプレックスの塊だった。

 

(わたくしはゲームのようにふるまわなければならない)

 

 傷つけてでも、シュゼットと敵対しなくてはならない。シュゼットには国の未来を背負ってもらうのだから。

 

 さもなくば――。

 

 震える手を握りしめ、シュゼットはルクレシアを見た。

 その目は理不尽な扱いに涙に濡れて……いなかった。キラキラと輝いている。

 

「はいっ! お姉様はわたしよりずっと偉い立場だってわかっています! 同じ身分だなんて大それたことは思いません。わたしはただ、お姉様と呼ばせてほしいだけなんです」

 

 ふんわりとシュゼットは笑った。

 ルクレシアも見惚れてしまうような、聖女にふさわしい、赦しと慈愛に満ちた笑顔だった。

 傷つけようとしてはなったルクレシアの言葉を、シュゼットは受け入れて、やさしく笑う。

 

「ただ、お姉様と呼んで、ずっと一緒にいて、お姉様をお守りして、お姉様に近づくクソ野郎どもを叩き潰して、お姉様がアルフォンス様と結婚して幸せになるところをおそばで見られたらそれだけでいいんです。お姉様がわたしを嫌いでも、顔も見たくなくても」

 

(話が通じないわね)

 

 いったいどうしてシュゼットはこんなクソデカ感情を育ててしまったのかとルクレシアは頭を抱えた。外見はちゃんとパッケージやスチルと同じ彼女なだけにもはやバグ。

 

(わたくしのせい? わたくしのせいなの?)

 

 ちらりとレイを見上げると視線を逸らされた。

 戻ってきたルクレシアの視線に、シュゼットは頬を染めて目を伏せる。

 もじもじと指先をすりあわせているところを見ると、先ほどの震えは恐怖や悲しみのためではなかったようだ。

 

 だが、傷つけてでも、シュゼットと敵対しなくてはならない。

 さもなくば――。

 

「だって、ルクレシアお姉様のおかげでいまのわたしがあるんです。ルクレシアお姉様以上に大切なものなんてありません」

 

 断罪後、追放される(バカンスへむかう)ルクレシアに、シュゼットは確実についてくる。聖女の地位も、攻略対象たちも捨てて。

 ルクレシアはそのことをひしひしと理解していた。

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