第27話.もう一人の司祭(中編)
振り返ったベルナティオを鋭い目で睨みつけるのは、見覚えのある男だった。ただしルクレシア自身の記憶の中でではなく、ゲームのキャラクターとして、だ。
冷たさを感じさせる水色の髪に、同じ色の瞳。歳の頃は三十ほど。薄い唇と常に不機嫌そうな顔つきが特徴的な司祭。
ここへくれば彼に会えると思っていた。
そんな内心を隠し、ルクレシアは不安げな表情を作って現れた男とベルナティオを交互に見た。何もわからないから口が出せない、というように。
「……アウグスト。こちらは、ルクレシア様だ。お前も知っているだろう。教会に多額の寄進をしてくださっている」
顔色を戻したベルナティオが、小さく息をつきながら言った。
彼が呼んだ名はルクレシアの知識どおりのもの。
アウグスト・ベテルス。
教会の高位司祭であり、ゲームではシュゼットを見出した人物。そのうえ、ラスボスであるザカリーともつながりのある重要キャラだ。
ベルナティオと同じく、アウグストの親指にも金の指輪が光っている。
「〝聖廟〟に入る許可は、俺とお前の二人で出す。そういう決まりだったな?」
「ああ……だが、君も当然許可を出すと思ったんだ」
強い口調でアウグストに問われ、媚びる表情でベルナティオは答える。だが目の奥には小馬鹿にしたような感情が透けていた。
この二人の力関係は微妙なところだ。というか、ルクレシアが微妙にした。
「……今後は控えろ」
舌打ちでもしたそうな顔でアウグストは言い、ルクレシアにも射抜くような視線を向けた。ルクレシアはおどおどと身をすくめてみせる。
「申し訳ありません、わたくし、もう帰りますわ……」
「いいえ、いいのですよ。こちらこそ不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
殊勝にうなだれるルクレシアへ、ベルナティオが手をのばす。だがベルナティオの手がルクレシアの肩に触れる前に、レイがその背を庇うように腕をまわした。
悄然とした主人を支えるように背後から手をまわし、ルクレシアをエスコートする。
「さあ、出ましょう」
鼻白んだベルナティオがややぶっきらぼうに言って先に立つのを、レイは冷たい視線で眺めた。
***
オルピュール屋敷に戻ったルクレシアは、いつものように湯浴みをしてから自室へ戻った。ルクレシアの考えがまとまった頃を見計らってレイもやってくる。
「聖廟の地下になにかあるわね」
「はい」
切り出したルクレシアの言葉にレイは驚かない。
聖廟の内部には、巨大な水晶があるだけだった。水晶自体は驚嘆すべきものだが、秘密というには足りないような気がする。
感動に打ちひしがれてよろめいたように見せて、ルクレシアは足元をさぐった。すると途中で足音が変わった部分があった。座り込んで床に目を凝らせば、重々しい大理石のように見えて継ぎ目がやや浮いている。
(うちの屋敷にもたくさんあるものね、抜け道は)
ルクレシアを助け起こすふりをして、レイも床の仕掛けを確認した。
「わたくしを攫おうとしたのはベルナティオの指示ではないわね。あの小物にそこまでの計画は立てられないわ。わたくしを見てもいつもどおりだったし」
金銭欲と色欲にまみれた視線を思いだす。あれが演技だとしたら大したものだ。
聖廟に入る許可を出せるのは、アウグストとベルナティオの二人。このうち主導はアウグストに違いない。いまの教会内でベルナティオが権力を持っているのは、ルクレシアがベルナティオを経由して金を与えているから。その意味ではこれもシナリオ改変となる。
「アウグストのやつ、わたくしたちを知っているのに知らないふりをしたわ」
アウグストはまずベルナティオを睨みつけた。普通は怪しい部外者に警戒感を覚えるはずだが、あの視線の動きは違った。
おそらく彼は特徴的な紫髪を見て、聖廟に入り込んだのがルクレシアだと見分けた。だから頭からベルナティオにくってかかったのだ。
「聖廟自体は表に出せる金で作られているのでしょう。でも地下の何かは、オルピュール家からの金が使われている」
「然様かと存じます」
レイも胸に手を当てて同意を示す。
帳簿に載らない金で、聖廟の地下に何を作ったのか。
(うーん……思いだせない。二周目じゃないとわからないのかも)
眉を寄せて首をひねり、ルクレシアはうなった。
ルクレシアが覚えているのは、アウグストはメイフェア地区の火事でシュゼットの奇跡を目撃し、教会に引きとったこと。
そしてシュゼットを聖女として育て、一方でシュゼットへの寄進を着服し、王家を見限って宰相ザカリーに金を流していた。
ゲームシナリオどおりに事が進んでいたら、シュゼットは自分を育てたアウグストの裏の顔を知り、糾弾することになる。
(あいかわらず人の心がないシナリオね)
腕組みをして見上げた天井には、仰々しいシャンデリアが吊るされている。
「さぐってみましょうか」
珍しくレイからの発言に、ルクレシアは目を瞬かせて振り返った。
「できるの?」
「確信はありませんが……やり方は思いつきます」
「そう。ならお願い。レイの思うようにやってみて」
「かしこまりました」
「……がんばってね♡」
「かしこまりました」
小首をかしげ、紫の髪をふんわりと揺らしてかわいこぶって見るものの、六年たってもレイはやっぱり無表情に頭をさげただけだった。




