第25話.なんか思ってたのと違う(後編)
「これはこれはルクレシア様、ようこそいらっしゃいました」
レイを伴い教会を訪れると、迎えた男は顔じゅうに喜色を浮かべ、揉み手をしながらルクレシアへ頭をさげた。
神聖さを表す白を基調とし、高貴な金糸の縁どりをした司祭服に身を包む男の名は、ベルナティオという。生涯を神に捧げた司祭に、姓はない。
(あいかわらず服が泣いてそうな顔ね……)
隠しきれない欲望を滲ませるベルナティオにルクレシアは内心で眉をひそめる。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
「あら、わかっていらっしゃるくせに。寄進にまいりましたのよ」
答えれば、ベルナティオは目じりの皺が溶けてしまいそうなほどに表情をゆるめた。
「いつもありがとうございます。女神はあなたの行いを見ていらっしゃるでしょう」
「ありがとうございます」
神妙な顔をして頭をさげたルクレシアだが、ベルナティオから寿ぎの言葉を聞くたびに妙な感心が湧きあがってくる。
ルクレシアの納めた金は、女神のためには使われない。一部はベルナティオら司祭の懐に入り、それ以外はとある人物へと献上される。教会の帳簿にはいっさい書かれていない。
要は全額を横領しているのである。
女神への献金を私利私欲のために使っておきながら、女神の名を出して寿ぐとは、どういう神経なのだろうか。
(わたくしが女神ならブチキレて天罰をくだすけれど)
その場合、金の流れを知ったうえで献金をしているルクレシアも罰されるのだろうか……などと考え込んでしまう。
教会へくるたびに、神妙で深淵な気持ちになることはたしかだ。
「では、中で」
ルクレシアの気も知らず、ベルナティオは扉を大きく開いて中を示した。
入ってすぐは大講堂になっている。正面の壁には黄金の女神像が安置され、女神像を守るように装飾の施された祭壇も黄金に輝いている。ついでに天井も、柱や壁の一部にも金が張られ、ステンドグラスを通して差し込んだ色付きの陽光が乱反射する。
何度見てもハッと息を呑む美しさだ――そして何度見ても、にっかり笑う祖父の顔が浮かぶ。
大講堂を横切り、回廊をまわると、応接室へ案内された。応接室の内装も金ピカ。なんということでしょう。
理由は単純明快、この六年間、ルクレシアは教会に献金をしまくった。聖堂もオルピュール家の金で補修しまくってやった。途中でゴルディが加わってきたので、女神像や祭壇、応接室は目に痛いものになってしまった。
どことなく実家のくつろぎを感じながらルクレシアはソファに身を埋める。
「さっそく本題に入りますわ。レイ」
「はい、こちらを。お納めください」
レイに顎をしゃくってみせると、あいかわらずどの内ポケットから出てきたのかという大きさの布袋がさしだされる。中身はもちろん金貨だ。数十枚はある。
「本日は少なくて申し訳ございませんが」
「いえいえ! 先週もお越しいただきましたから」
(少ないってところは否定しないのね)
平民なら家族全員で半年は暮らせる額を見てそれとは、六年ですっかり堕落しきったものだとルクレシアは苦い笑みを滲ませる。
金貨の数を確かめることもせず、ちらりと袋を覗き込んだだけでふたたび相好を崩し、ベルナティオは鍵付きの戸棚にそれを入れた。寄進の内容を表す証書もない。横領するのだから当然だ。
六年前の時点では、オルピュール家と聖教会の関係は友好的とは言えなかった。俗世と裏社会の代表であるオルピュール家に対し、聖教会は真逆の存在だからである。
『これまでの悪行を清めるため、女神の慈悲を頼りたい』
『女神はすべての者を受け入れます。ようこそ教会へ』
殊勝なルクレシアの言葉にベルナティオは歓迎の言葉を返したが、心の底では信じていなかった。王太子妃になるべく教会にも金をバラまきに来た、と受けとっただろう。だからこそ証拠の残らぬ裏金として処理したし、いまでもそうだ。
ゲームどおりにシナリオが進めば、六年前の火事で教会はシュゼットを手に入れるはずだった。シュゼットの聖女の力により教会の求心力は高まり、貴族だけではなく、貧しい者たちすらなけなしの金を投げうって奇跡を拝もうとする。
教会は莫大な財産を手にするのだ。
それを、教会の知らぬあいだにルクレシアがシュゼットを取りあげてしまったため、教会は金を稼ぐ手段を失った。しかしシナリオの遂行のためには教会が必要だ。
というわけでルクレシアがシュゼットの稼ぐはずだった金を寄進しまくっているのだった。
無尽蔵に湧いてくる金に、ベルナティオら一部の司祭はものの見事に堕落した。
言葉とは裏腹な、『どうせ汚れた金なのだから、好きに使ってやれ』という歪んだ選民思想もあるだろう。
だが彼らは金を使っているのではない。金に溺れているだけだ。
(昔のアルフォンス様のほうがまだマシだったわねえ)
そして今の彼とは比べるべくもない。
「祈りを捧げていかれますか?」
「ええ」
ルクレシアが頷くと、ベルナティオは一瞬驚いた顔になった。普段は女神など鼻にもかけぬ態度をとっていたから、祈るかと尋ねたのも社交辞令のようなものだ。まさか肯定が返ってくるとは思わなかった。
そんなベルナティオを置いて、ルクレシアはさっさと祭壇に歩みよった。慌てた顔のベルナティオが追いかけてくる。
女神像を振り仰げば、色とりどりの光が黄金跳ね返り輝いている。もとの女神像は美しい顔に憂いを帯びて下界を見下ろしていたが、ピッカピカになってしまった内装と美貌が相互反射を起こすせいでどこか陽気な雰囲気になった。
(恨むならおじい様を恨んでくださいね)
天罰がわたくしにくだりませんように、とルクレシアは祈った。




