第24話.なんか思ってたのと違う(中編)
ルクレシアが出ていったドアが閉まるのを見つめ、室内は重苦しい空気に包まれた――わけではなく。
「なんで言っちゃうのよ、腕輪のこと!」
「だって騎士たる者、嘘はつけないだろ。お姉様直々の質問だぞ。お前が俺ならどうした」
「正直に言うわよ」
「ほら」
「あんたはわたしじゃないでしょ!! 黙っておきなさいよ!!」
ギャンギャンと言いあいになるシュゼットとネインにバイロがおろおろと手をあげている。
ネインとメイベルは、クロスビー伯爵家の養子となったルクレシアの義弟と義妹だ。
一方でシュゼットもまた、ルクレシアが自ら名を与えた特別な存在であり、魔法を使うという稀有な人材であることも相まって、オルピュール家ではルクレシアの妹分とみなされている。
歳も近い二人は、どちらがルクレシアの頼れる弟/妹になれるかを競いあっているのであった。
「はー……今日は口を利いてもらえないなんて」
もう一度がっくりとうなだれてから、すぐに気持ちを切り替えたシュゼットが立ちあがる。その隣のネインも腰をあげ、メイベルの肩を抱いた。
「ごめんな、メイベル。置いていって」
「ううん、仕方ないよ。わたしはお兄様やシュゼットさんみたいに戦えないし」
首を振るメイベルに、バイロが眉をさげる。
「あの、ルクレシアお嬢様は口は悪いし顔も怖いけど、心はおやさしい方なんです」
六年前にゴルディから下された指示をいまも懸命に守っているバイロは、そう言ってルクレシアを庇う。
だがメイベルの反応は予想外のもので。
「うん、わかってるよ? だってルクレシアお姉様、わたしのことすごく心配してくれたもの」
ネインに対する怒りの理由は、メイベルとの約束をネインが反故にしたこと。それに、メイベルが不慣れな屋敷に一人で残されたことであると、メイベルはちゃんと理解している。
「腕輪も捨てられなかったし」
「それに、出ていくとき、ドアを思いきり閉めようか悩んでやめてたよな」
シュゼットとネインも頷いている。
ルクレシアはドアを開けっぱなしで出てゆき、いつものようにレイが閉めたのだが、その直前に叩きつけようとしていたのを二人は見ていた。
ルクレシアが思いとどまったのは、これ以上メイベルを怖がらせてはいけないと思ったからだろう。
ただしメイベルは怖がっていたのではなく、
「バイロさんはいいよねえ、お姉様はクロスビー家ではあんなふうに怒らないもの。わたしの知らないルクレシアお姉様が見られるんだあ……」
「え、えええ……?」
羨望の眼差しを向けられたバイロは、困惑の声をあげた。
おそらくそれは、ルクレシアの内心の呟きと同じものだった。
***
自室に戻ったルクレシアは、レイの淹れた紅茶を飲み、ほうっとひと息ついた。蜂蜜入りの紅茶は明るい琥珀色で、送り主の髪の色を思いださせる。
隣国からの輸入品だという紅茶をわざわざ贈ってよこしたのは、アルフォンスだ。
本編が始まるまでは没交渉でいいと思っていたルクレシアの予想を裏切って、アルフォンスはまめまめしくルクレシアを構う。
わたくしに構うのはやめて、という先ほどの発言は、正直すべてに対してだった。
「いろんなことを間違えたみたいなのよね……」
「僭越ながら、私には当然の帰結にしか思えませんが」
「だからその原因を間違えたのよ」
六年前、シュゼットを聖女とすべく、ルクレシアはウィルフォードに魔法を教えてくれるように頼んだ。ウィルフォードは期待どおりシュゼットに魔力の操り方を教え、魔法の使い方を教え、シュゼットは聖魔法を極めた――だが魔法オタクなウィルフォードがあれもこれもと詰め込んだせいで、聖魔法以外の属性魔法も極めてしまった。
(シュゼットって、全属性魔法が使えるんだ?)
氷の矢を一斉射撃したり炎の柱をぶちあげたりするシュゼットを眺め、ルクレシアはぼんやりと思ったものだ。
ゲームの冒険パートでは、ウィルフォードが遠距離攻撃担当であったため、シュゼットは彼女にしか使えない聖魔法で回復担当となることが多かった。
でもそういえば、「攻略対象と二人だけのパーティ縛りプレイ」なんてのもあった。
もちろんシュゼットは聖女としての役目もこなした。イグサリ草により傷ついたメイベルの魔力回路を完全に回復させ、メイベルは起きあがれるようになった。
おかげで闇落ちを回避したネインは、真面目に勉学に励み、伯爵家を継ぐ――と思いきや、「王太子妃となるルクレシアお姉様を近くで守りたい」と宣言し、結局騎士団へ入団してしまった。
人のいいクロスビー伯爵夫妻は、それがネインの希望ならと、好きにさせてやることにしたらしい。
(そりゃあ、騎士職でも爵位は継げるから、彼らに不満はないでしょうけど……)
むしろ近衛騎士として王宮の要人と顔をつないでおくことはプラスに働く。
そんなこんなで、ルクレシアのおかげで魔法を学ぶことができたシュゼット、そのシュゼットに救われたメイベル、そのメイベルの兄であるネインの三人ともが、「いまの自分があるのはルクレシアお姉様のおかげです」と目をキラキラさせながらまとわりつくようになってしまった。
今日のように厳しく接しても、なぜかまったくへこたれない。
「……まあいいわ。それで? わたくしを攫おうとしたのはどこの手の者だったの」
紫の髪を左右に振り、ルクレシアはレイに問う。
シュゼットの言うとおり、ルクレシアは我が身を囮にしていた。この数か月はレイと離れて一人で外出し、賊が飛びついてくるのを待っていたのだ。
そして今日、ようやく成果が出た……というのに、闖入者たちのおかげで余計な手間がかかってしまったが。
仕事の早いレイは、ルクレシアが湯浴みと説教をしているあいだにあっさりと口を割らせてくれたらしい。
「ただし、おじい様には言わないように」というルクレシアの指示を守りつつ。
「ニコルデアを拠点とする殺し稼業の者たちでした。金を受けとる際にしか依頼人に会っておらず、顔も見えないようにしていたため、身元はわからないとの答えです」
「まあ、それはそうよね。相手も馬鹿じゃないもの」
ルクレシアだって暗殺者を雇うならレイに行かせるだろうし、レイも自分のむやみにキラキラしい外見を隠すためにフードなりなんなりを被るだろう。
「ただ、体格から男であるだろうと。それから金を受け渡す際に、親指に金の指輪が見えたそうです」
「金の指輪……」
「はい」
宮廷魔導師がイヤーカフをするように、親指に金の指輪を嵌める職種がある。
教会の、司祭だ。
「けれど、わざとそれを見せた可能性もあるわよね。教会に罪をなすりつけるために」
レイが無言で頭をさげる。当然、彼もそれは考えたようだ。
「教会へ行ってみましょう」
ルクレシアは大きなため息をついて立ちあがる。
教会とオルピュール家の関係もまた、ゲームとは大きく違ってしまっている。




