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第22話.当て馬令嬢ルクレシア・オルピュール(後編)

 さらに数日後、ルクレシアは、火事の調査をさせたレイから「詳しくはわからなかった」という報告を受けた。

 

 駆けつけた者の話によれば、人々が教会の外壁に移った火を消しているうちに、火はメイフェア地区の反対側に向かって延焼していき、すべての建物を呑み込んでしまった。

 壁が焦げる程度ですんだのは女神の奇跡であろうと、司祭たちは感謝の祈りを捧げているそうだ。

 

 メイフェア地区の焼け跡から遺体が見つからなかったことで、住んでいた子どもたちは逃げたのだろうということにされた。

 

「不審な点が一つあります」

「なにかしら」

「残った残骸の焼け方が均等にすぎるのです。普通、風向きや材質によって、酷く焼けたり逆に焼け残る箇所が出るはずです」

「ふむ?」

 

 顎に手を当てるルクレシアに、レイは続けた。

 

「教会ではなく、メイフェア地区を焼くことが目的だったのではないでしょうか」

「たぶん、そうね」

 

 では誰がそんなことを企んだのかといえば、教会である可能性が高い。

 そもそもメイフェア地区という子どもだけの貧民街ができていること自体が不自然だ。

 

(教会で施しや炊き出しがあるから、そこに人が集まるのはわかる、けれど……)

 

 ゲームの中では、シュゼットだけが教会に引き取られ、子どもたちのその後は語られていなかった。

 単純にシナリオとして必要なかったがためにそぎ落とされていたのだと思われるが、では実際の『シュゼ永遠』の世界で、彼らはどうなったのだろう?

 なぜ教会はシュゼットだけに手をさしのべ、子どもたちは無視したのか。

 

 それは、メイフェア地区の今後を追えばわかるだろう。

 

 ルクレシアは立ちあがり、侍女に着替えを命じた。レイは扉の外で待つ。

 

 なんにしろ、鍵となるのはシュゼットの存在だ。

 

 

***

 

 

 魔法に関する話だと伝えれば、ウィルフォードはすぐにやってきた。

 オルピュール家の誇る絢爛豪華キンキラキンな応接間でソファに深々と腰を沈め、顎をしゃくるようにルクレシアを見る。

 

「手短に。宰相閣下の呼び出しを放りだしてきた」

 

 筆頭宮廷魔導師がそれでいいのかと思うが、魔導師としてはそれでいいのかもしれない。

 

「……宰相閣下があなたになにを?」

「さあ?」

 

 それはメイフェア地区に関することではないだろうかという予感が走ったが、ルクレシアは口をつぐんだ。

 とぼけてみせるのはウィルフォードの得意技だった。その代わり、彼は嘘はつかない。

 

「ここで見たことは誰にも言わないでほしいの」

「いいだろう」

「……は?」

 

 警戒感を滲ませながら頼めば、今度は驚くほどあっさりとウィルフォードは頷いた。

 自分で言っておきながら、すっとんきょうな声をあげてしまう。

 

「この屋敷に入ったときから、そこらじゅうに残留魔力があふれている。魔素泉でも掘り当てたのか?」

 

 きょろきょろとあたりを見まわして、今さらながらに宝石の埋め込まれた金の彫像やピラミッド型に積み重ねてある金の延べ棒のインテリアに気づき、「趣味が悪いな」とウィルフォードは呟いた。

 目を刺すような金には興味がないのに、常人の目には見えない残留魔力には敏感なようだ。

 

「先日のイグサリ草といい、お前が絡むと楽しいことが起きる」

「……魔素泉の期待はしないでちょうだい」

「魔素泉ではなくて()()ならそのほうがすごいことだ」

 

 ウィルフォードが目を細める。

 

 ちなみに魔素泉とは、魔晶脈に近い水源から湧く、魔素をたっぷり含んだ泉のことだ。たいていは魔獣のたまり場になっており、人間は危険で近づけない。

 

(そういえば『シュゼ永遠』には冒険要素もあったわね)

 

 冒険でしか獲得できないアイテムがあるのだ。

 なんだったか、と悩むうちに、応接間のドアがノックされた。

 

「あ、あの、失礼します」

 

 ドアが開き、バイロに付き添われたシュゼットが顔を覗かせる。

 ウィルフォードが目を見開いた。

 

「まだ子どもじゃないか。なのに……これほどの魔力を?」

 

(……わたくしには何も感じられないけれど)

 

 ルクレシアから見れば、シュゼットはただのかわいらしい女の子だ。

 ゲームをプレイしたから、彼女が魔法を使い、傷を癒やす能力を持つということがわかるけれども。

 

 その能力も、今はまだない。

 覚醒イベントをルクレシアが強制スキップしてしまったためだ。

 

「この子を魔法が使えるようにしてほしいの」

 

 すでにシュゼットには言い渡してある。

「この家に置いてほしいなら、魔法が使えるようになりなさい。さもなくばあんたに価値なんかないわ」と。これもシュゼットのためだと思い、心を鬼にして冷たい態度をとった。

 泣いてしまうのではとハラハラした内心とは裏腹に、シュゼットは「がんばります!」と両手を握りしめて答えた。

 

(本当にいい子なのよね~~~~。そりゃあ主人公ヒロインですとも、ええ)

 

 すでにウィルフォードの視線はシュゼットに釘付けになっている。シュゼットは礼儀正しく、「よろしくおねがいします」とウィルフォードに頭をさげた。

 

 *

 

 これで、役者は揃った。

 あとは断罪とその後のバカンスに向けて、邁進あるのみ。

 

(すでにだいぶシナリオを逸脱してる気がするけど……まあなんとかなるでしょ)

 

 最も大切なアルフォンスの婚約者の座には収まっているし、アルフォンスには嫌われている。シュゼットを伴い王宮を訪れれば、勝手になんとかなってくれるかもしれない。

 

 わりと楽観的な気持ちで、ルクレシアは頷いた。

 

 

 ……ストーリーはまったくシナリオどおりに進まず、自分が激怒するとは知らずに。

第一章、完になります。次話から大人になったルクレシアたちの本編が始まります!

今後は週2回くらいのペースで更新していけたらいいなと思っています。お付き合いよろしくお願いします~。

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