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第21話.当て馬令嬢ルクレシア・オルピュール(前編)

 帰宅したルクレシアを迎えたのは、バイロ一団とシュゼット、ネロやブルーノをはじめとするメイフェア地区の子どもたちだった。

 

(仕事が早すぎない?)

 

 口まで出かかったツッコミを呑み込み、レイの教育は行き届いているようだ、ともっともらしい顔で頷いてみせる。

 バイロらはもとが兵士だから、こういった避難誘導だったり護送だったりの指示には慣れているのもあるかもしれない。

 

 いつもどおり、身支度を整えさせた子どもたちを、ルクレシアはゴルディの書斎へ連れていった。

 

 あらためて見れば、たしかにゴルディはザカリーに似ている。高い鼻の形や切れ長の目はそっくりだ。

 

(おじい様は知っているのかしら)

 

 息子らしき人物が貴族となり、宰相となっていること。その妻を喪っていること。ルクレシアに本当に血の繋がりがあればの話だが、娘の存在に気づいていないようであること。

 

 それだけではない。前世の知識を持つルクレシアは、彼が王権の乗っ取りを企んでいることも知っている。

 ザカリーの協力相手は――聖教会だ。

 

「シュゼットです。よろしくおねがいしまあす!」

 

 元気なシュゼットの声が聞こえて、ルクレシアは考え込んでいた顔をあげた。汚れをとり、たっぷりと食事を与えられたシュゼットは肌艶をとり戻し、ルクレシアのよく知る笑顔をあふれさせる。

 シュゼットにならい、ほかの子どもたちも次々と声を張りあげて挨拶した。

 

「ネロだ。よろしく!」

「おれブルーノ!」

 

 ゴルディの地位を理解するバイロは今にも卒倒しそうな顔で目の前の光景を見つめているが、ゴルディはにこにこと好々爺の笑みを浮かべて応じた。

 

「皆、今日からはここが我が家だと思ってよいぞ」

「まじで!? すげえーっ!!」

「思っていいだけだ! 粗相はするんじゃない!!」

 

 歓声をあげるネロをバイロが青い顔で叱る。なんだかんだとお互いに馴染んでいるようだ。

 

「さあ、旦那様はお忙しいんだ! 行くぞ! お前らの部屋を見せてやる」

「やったあー!!」

 

 最後まで騒がしさを残しながら、子どもたちは出ていった。そしてゴルディは、最後まで人のいい笑みを浮かべていた。

 その笑顔が、ルクレシアに向けられた。

 

「ルクレシア」

 

 ゴルディの視線も、声も、彼がこの国の裏社会を牛耳っているのだとは思えないほどにやさしい。

 正体を知る者が見れば、この笑顔も恐ろしいものに見えるのだろう。世界で唯一ゴルディの腹をさぐらなくてよいルクレシアは幸せ者といえる。

 

「どうした、なにか悩みでも? おじい様に話してみるかい?」

「おじい様……」

 

 考える顔つきのルクレシアに、ゴルディは立ちあがりそばへやってくる。

 紫の髪に、ぽん、と手が置かれた。

 

(どこまで話すべきなのかしら……)

 

 本編開始前にルクレシアがどうふるまっていたかなんて、誰も知らない。

 おそらくは、いずれ得られる王太子妃の座にご満悦で、ゴルディの金で散財しまくっていたのだろう。

 シュゼットを手中に収め、彼女が起こすはずだったイベントのいくつかを起こしてしまったルクレシアは、すでにシナリオを改変してしまっている。

 これ以上の改変は、ストーリー自体に影響を及ぼしかねない。

 

(ザカリーが本当に父親とは限らないのだし)

 

 ルクレシアは首を横に振った。

 

「なんでもないの、おじい様。アルフォンス様が……思っていたよりかっこよくなくて、がっかりしちゃっただけ」

 

 肩をすくめ、大仰にため息をついて見せる。

 ゴルディはいよいよ笑顔を深め、顔じゅうを皺だらけにした。

 

「そうか、お前の器には王太子殿下も追いつけないようだ」

 

 表情だけ見れば孫に甘ったれな祖父そのもの。だがルクレシアの言葉の裏に隠された逡巡を、ゴルディは感じとっている。

 

「おじい様も置いていかれんようにがんばらなければな。ひとまず、子どもたちの安全はわしも気を配ろう」

「ありがとうございます、おじい様♡」

「はああ! わしの孫、世界一かわいいな」

 

 手を顎のあたりで握って小首をかしげ、思いっきりかわい子ぶった笑顔を見せれば、ゴルディはそのまま顔が蕩けてしまうのではないかというくらいにメロメロだ。

 

 ルクレシアは斜め後ろを振り向いた。

 壁際には、いつものようにレイが控えている。

 

「レイ、これからもよろしくね♡」

 

 きゅぴ、と効果音が聞こえてきそうなあざとい笑顔を向けられたレイは、やはり表情を変えることなく、

 

「承知いたしました」

 

 と胸に手を当て頭をさげた。

 

 

 ***

 

 

 数日後、新月の夜に、聖教会の裏手から不審火があがった。

 ()()()()()()()()聖教会は難を逃れたものの、火はメイフェア地区に延焼。

 もともと手入れのされていない一群の廃屋は、あっという間に焼け落ちて崩れた。

 

 ただし、焼け跡に哀れな犠牲者の姿は一つもなかった。

 

 

 その報せがオルピュール家にもたらされたのは翌朝だ。

 いつもの無表情で淡々と報告したレイは、ルクレシアをじっと見つめた。

 

「ご存じだったのですか? 火事が起きることを」

「大きな声で言わないでちょうだい。誰が聞いているかわからないじゃない」

 

 ルクレシアに付き従うレイは、ルクレシアが予言じみたことを言ったり、メイベルの病を一目で言い当てたりしたことを見ている。

 そしてレイの推測どおり、ルクレシアは火事が起こることを知っていた。

 美しいオープニングムービーの終わったチュートリアルの一発目で、シュゼットは燃え盛るメイフェア地区を逃げ惑う羽目になるのである。

 今思うと、やっぱりゲーム制作スタッフは人の心がないのかもしれない。

 

 あちらこちらへ逃げて移動操作を学んだあとは、傷ついた仲間を助けようとシュゼットは聖女の力を覚醒させる。

 それを教会の人間が見て、シュゼットを教会へ連れ帰る。

 シュゼットは様々な操作を学びながら成長し――六年後。そこからストーリーの本編が始まるのだ。

 

 だが、何も知らない者がレイの言葉を聞けば、ルクレシアが共犯のように思う可能性もある。

 自室とはいえ、声をひそめてほしいものだ。

 

「失礼いたしました」

「おじい様にはもう報告したのね?」

「はい」

「バイロや子どもたちには?」

「これからです」

「そう。なら……なるべくやさしく、言いなさいよ。家が、燃えたんだから」

 

 もしかしたらゴルディは何かを感じとって、オルピュール家を我が家だと思えと言ったのかもしれない。

 

「……はい、承知いたしました」

 

 微妙な間を置いて、レイは頷いた。

 まさか、「やさしく」するにはどうしたらいいか悩んでいたとは、思いたくない。

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