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第2話.乙女ゲームに転生したらしい(後編)

 王都郊外の屋敷へ戻る道中、馬車の座席に深くもたれかかりながら、ルクレシアはぼんやりと天井を見上げていた。

 とにかくなんでも金にしたがる祖父のせいで、内装には金箔がはりめぐらされている。幾何学模様の浮き出しをあしらった天井もすべて黄金色である。正直目に痛い。

 

 不思議なのは、この世界が『シュゼ永遠トワ』のゲーム内であることも、そのシナリオも――この先になにが起きるのかもわかるのに、それをプレイする前世の自分の姿が思い浮かばないことだった。

 ただ、漠然とした前世の知識があるだけだ。

 

(もしかして、この知識は神様の贈りものなのかしら?)

 

 ルクレシアは身を起こすと、窓からレイに声をかけた。

 

「レイ、鏡を」

「は」

 

 すぐに駆けよったレイから、鏡がさしだされる。

 ふたたび鏡を覗き込み、ルクレシアは頷いた。手入れのゆきとどいた髪。文句のつけようのない容姿。

 

(わたくしのあまりの愛らしさに、神様が予知能力を授けてくださったのね)

 

 そういう理解にすることにした。

 幼いころから何不自由なく甘やかされ続けてきたルクレシアは、ポジティブだった。

 

 

   *

 

 

 自室に戻ったルクレシアは、湯浴みをして身体や髪についた埃を落とすと、さっそくこの屋敷の主――彼女の祖父、ゴルディ・オルピュールの書斎へ向かった。

 新たに配下となった七名を面通ししておかなくてはならない。

 

 バイロをリーダーとする彼らは、予想どおりイヴェール領の元私兵だった。

 近ごろ経営が思わしくない領主は、節約の一環として私兵を大量に解雇した。そのうちのあぶれた一部が王都にやってきて、悪さをしでかしたのだ。

 

 バイロたちも井戸で水をぶっかけられ、薄汚れた破れ着は着替えさせられている。豪華なものでなくとも新品のシャツが着られる機会などこの数年はなかったに違いない。

 そうした恩義を感じているから……ではなく、バイロたちの表情はこわばっていた。

 

「おじい様、ルクレシアです」

 

 コンコンコン、とノックをすると、中から「お入り」とやさしい声がした。

 

「新しく護衛を雇いましたので、お目通りを」

 

 先に入ったルクレシアが廊下の七人を招き入れる。

 数時間前の威勢はどこへやら、おどおどと部屋に入ったバイロ一団を迎えたのは、広いテーブルの向こうに腰かけたゴルディ老人だった。

 

 後ろに撫でつけられた白い髪は、以前はルクレシアと同じ美しい紫髪だったのかもしれない。顔じゅうにある皺と頬をまたぐ傷跡を笑顔の形に歪めて好々爺を装っているものの、濁った灰色の瞳は刺すように冷たい視線をバイロたちに浴びせかけている。

 

「わたくしの専属にしようと思い連れてまいりました」

「そうか。見たところイヴェールの兵士崩れのようだが、どこで拾ったんじゃ」

 

 ルクレシアと同様、瞬時に出自を見抜かれ、バイロの顔に緊張が走る。

 もう少し堂々とできないのかしらと内心でため息をつきつつルクレシアはにっこりと笑ったが、彼女もやはり目は笑っていない。

 

「コリエ通りで買い物をしていたら、仕事が欲しいと声をかけられましたの。しばらくはレイに監督させますわ」

「ほう。紳士的に声をかけてきたか。それは殊勝なことじゃ。最近は王都で狼藉を働く馬鹿者どもが多いからな。わしはまたてっきり、お前を攫おうとして返り討ちにあったのかと思ったぞ。ホッホッホ」

「嫌ですわ。おほほほほ」

「お前は天使のように愛らしく美しい、世界で一番の少女じゃからな。わしの愛孫よ」

「わたくしもおじい様のことが大好きですわ♡」

 

 ルクレシアが両手を組んで小首をかしげると、ゴルディは感に耐えぬといったように目を潤ませた。疑い深くバイロたちを睨んでいた視線がようやく外れる。

 

「はー! 天使! 天使じゃわしの孫は! もしお前をかどわかそうなどという者があれば、生きたまま皮をひん剥いて、殺してくれと懇願するまで切り刻んでやらねばな!」

 

 ルクレシアの背後から「ひぐうっ」と声があがった。先刻提示された選択肢の一つ目がこれであったことにバイロが気づいたらしい。

 青ざめて吐きそうな顔をしているバイロに、ゴルディは「どうしたかの」と声をかけた。

 

「いえっ」

「ルクレシアがわざわざと連れてきたのじゃ。お前らはわしの♡かわゆいかわゆい♡ルクレシア♡の役に立つんじゃろうな?」

「もちろん、誠心誠意努めさせていただきますっ! お嬢様に命をお預けする覚悟です!」

 

 こくこくと頷くバイロに、ゴルディは満足げに笑った――と思えば、肌の震えるような殺気が部屋を包んだ。

 

「ルクレシアが選んだ配下じゃ。間違いはないと思うが、万が一のことがあればわしが全力でツブす」

「はひ……」

 

 すでに押し潰されそうになりながら、残りの六人とともに、バイロは気づいた。

 たぶん、二つ目を選んだほうがよかった。

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