表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/42

第19話.聖女シュゼット(後編)

「しまった、忘れてた」

 

 ぼそりと呟いたルクレシアの声に、レイが振り向く。

 

「なにをでしょうか?」

「ここの子どもたちを全員保護しなくてはいけないわ」

「しかし彼らは望んでここに住んでおりますが」

「えーとね、そこは……」

 

 ルクレシアはちらりとアルフォンスを見た。レイには王都追放という未来を教えてしまっている。ルクレシアの実働役であるレイに情報が漏れるのはかまわないが、口をすべらせて婚約破棄をバラしそうになった直後である。これ以上の情報開陳は避けたい。

 

 言い淀んだルクレシアの意図をレイはすぐに読みとって、「承知しました」と頭をさげた。

 

「ではまずお嬢様と王太子殿下を王宮へ送り届け、バイロらともう一度ここへまいります」

「そうしてちょうだい」

 

 目と目で通じあうルクレシアとレイに、何かを隠されたことに気づいたアルフォンスが眉を寄せるが、そこは許してもらうしかない。

 王家とオルピュール家の力関係にも思い至り、アルフォンスは肩の力を抜いた。自分が口を出しても仕方がないということを思いだしたのだろう。

 先ほど声を荒げてしまった謝罪のつもりなのか二人の少年を振り向き、

 

「君たち、名は?」

 

 と声をかける。

 だが彼らはきょとんと首をかしげた。

 

「ナ?」

「呼ばれてるのは、クロ。こっちは、チャ」

 

 それぞれを指さし、黒髪の少年が答える。

 今度はアルフォンスがきょとんとした顔になったあと、「え?」と声をあげた。

 

「な、名が? クロと、チャ?」

「そんなものありませんよ」

 

 フォローしようとしてドツボに嵌まっていくアルフォンスにルクレシアは眉間を押さえる。

 

「親がご立派な名前をつけるような家族なら、ここで暮らすわけがないんですから。見た目の印象で呼ばれるか、自分で名乗るかのどちらかです」

 

 たいていは仕事に就くころになって、不便だからと適当な名をつけられる。おかげでトムが三人いたり、()()ジャンと()()ジャンがいたりする。

 

「おじい様が金色の(ゴルディ・)純金(オルピュール)なんて名前なのも自分でつけたからですよ」

 

 ある意味キラキラネームだが、あの歳になっても恥ずかしがらずに貫き通しているのは尊敬に値する。

 

(わたくしの名付け親はおじい様だけど、わたくしは成功(ルクレシア)でよかったわ)

 

 レイがシュゼットという名ではないと報告してきたのもそういうことだ。ここにいる子どもたちは、〝クロ〟と〝チャ〟と〝ヨソモノ〟なのである。

 アルフォンスはなにか言おうと口をぱくぱくさせていたが、言葉はまとまらなかったらしい。肩を落として口をつぐんだ。

 

「なら、アルフォンス様が名をつけてさしあげればよろしいのでは?」

 

 ルクレシアの言葉にアルフォンスは顔をあげた。

 君主が直々に名を与えるというのは、名誉を表す。少年たちはそんなことは知らないだろうが、期待に満ちた眼差しでアルフォンスを見た。

 

「じゃあ……ネロと、ブルーノ」

「それ、結局のところ黒と茶じゃないですか」

 

 目を細めて指摘すれば、アルフォンスはまたしょんぼりとしてしまう。

 だが少年たちは気に入ったようだ。

 

「ネロ!」

「ブルーノ!」

 

 互いを指さしあい、「かっこいー!」とはしゃいでいる。

 

「彼らはオルピュール家で保護しますから、いずれ名前をつける必要がありました。文字も仕込みますし、アルフォンス様がつけてくださった名前を書けるようになりますよ」

「……色々なことをしているのだな」

「まあ、金がありますからね」

 

 アルフォンスは心動かされたような顔をしているが、つまりはそういうことだ。

 

「ルクレシア――ねえ」

 

 つんつんと袖を引かれて、なにかを言いかけたアルフォンスから視線を逸らすと、ルクレシアは振り向いた。

 座り込んでいたシュゼットが隣に立ち、空色の瞳でじっとルクレシアを見つめる。

 

「わたしも、ほしい。なまえ」

 

 たどたどしい発声にルクレシアは内心で首をかしげた。ゲームの中ではプレイヤーがシュゼットを操作するため、シュゼットを目の前にしているのはなんとも不思議な感じだ。

 しかもシュゼットは、自分がシュゼットであることも知らないらしい。教会でつけられた名だったのだろう。

 

 あくまでそっけなく、顎を反らして傲慢に見えるよう腐心しつつ、ルクレシアは教えてやる。

 

「あなたの名前はシュゼットよ」

 

 この世界の主人公。

 そして、ルクレシアに断罪後のバカンスをもたらす存在。

 

「シュゼット……」

 

 初めて聞く名を確かめるように呟き、

 

「ありがとう、おねえさま」

 

 シュゼットはにこりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ