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第16話.アルフォンスの冒険(後編)

 メイフェア地区。

 王都の北、大聖堂の裏手に位置するこの一区画は、聳え立つ尖塔の数々に遮られ、一日のうちでもほとんど日の当たることのない寂しい場所だ。

 もともと教会の土地であったメイフェア地区には、雑役をこなす信者たちが住んでいたというが、次第に荒廃して、家々は廃墟と化した。

 

 現在のメイフェア地区の現状は、名とはとうに離れた、貧民街だ。

 

 だから、王太子がくるような場所ではないというのに。

 

「……はあ」

 

 これ見よがしなため息をつき、ルクレシアは紫の髪をかきあげた。

 ルクレシアもレイも場違いに上等な服を着ているけれども、アルフォンスほどではない。金糸の刺繍がついたジャケットを脱がせても、真っ白なシャツに宝石つきのタイ止めが眩しい。

 なにより金髪碧眼のアルフォンスは、目を引く顔立ちだ。

 それを言うなら、ルクレシアもレイも主要キャラだけあって顔はいいのだけれども。

 

 ルクレシアの厳しい視線を受けて、アルフォンスはもじもじと俯く。

 

 二階から飛び降りたアルフォンスはレイの顎に膝を食らわせ、王宮から出る際には塀をよじ登ることができず、ルクレシアまで手を貸した。

 荒事にある程度慣れているルクレシアとは生まれも育ちも違うアルフォンスは、はっきり言って足手まといだった。

 

 初対面でこそ前世の記憶によりアルフォンスにときめいたものの、ルクレシアの感性はいまやはっきりとアルフォンスを〝ナシ〟に分類している。

 

「どうしてついてきたんですか」

 

 言っても詮ないことだと思いつつも、言わずにはいられない。

 

「勇気と無謀は、違うものです」

「……すまない」

 

 うつむいてしまうアルフォンスの姿にため息をもう一つつきかけて、ぐっと呑み込んだ。

 自分が無謀側の人間であることは理解しているようだ。

 

「無謀というのは、後先を考えずに行動することです。できるわけもないのにやってみるとか、今の殿下のように、なにが起こるかわからないのについてきてみるとか」

 

 アルフォンスが顔をあげた。真剣な眼差しを向けられて、説教されるときには相手の顔を見ろと躾けられたらしいと知る。こんなところにまで育ちのよさは滲みでてくるものだ。

 

「勇気というのは、不安や恐怖に惑わされないことです。ですが、わたくしはべつに、勇気があるのではありません」

 

 ひたとアルフォンスを見据え、ルクレシアは眉を寄せる。

 こんなことも言われなくてはわからない少年が、いずれ国王になるだなんて。

 

「わたくしが持っているのは、金です」

 

「……へ?」

 

 ぽかん、とアルフォンスは口を開けた。

 

「正確には、お金を持っているのはわたくしのおじい様ですが」

 

 ゴルディのものはルクレシアのもの、ルクレシアのものはルクレシアのものなので、まあそこはいいだろう。

 

「わたくしが二階から躊躇なく飛び降りることができるのは、勇気があるからではなくレイという従僕がいるからです。レイを雇うことができているのは当然、それだけの金があるからです。貧民街を恐れないのは、ここに住む人々はオルピュール家の人間に喧嘩を売るほど馬鹿ではないとわかっているからです。裏社会の顔役ですし、焚きだしとか、仕事の紹介もしていますしね。そういったことができるのは、金があるからです」

「……」

「うなるほどの金があれば、不確定要素を潰すことができます。その結果、怖くもなんともないだけです」

 

 ちなみにレイはルクレシアから五歩以上は離れないし、さりげなく立ち位置を変えて周囲に気を配っている。ルクレシアの婚約者であり、万が一なにかあればルクレシアの立場が危うくなるアルフォンスも、レイの護衛対象には入っている。

 さらに現在のルクレシアにはゲーム知識があり、この世界に銃や遠距離魔法はなく、基本的に近接武器を使っての戦闘であると知っていることも一因だ。

 兵士くずれのバイロら七名を叩きのめした時点で、近接戦闘でレイ以上の敵が現れるとは考えにくい。

 

(……やっぱりわたくし、行動のほとんどをレイに依存しているのよね)

 

 金だと言いきっておいてなんだが、うなるほど金を持っている祖父を持っているルクレシアには、金だけでないことはわかっている。それこそ運とか人脈とか、目に見えないものが重要になる。

 が、今のアルフォンスに足りないのは、はっきり言って金である。

 

「わたくしとの婚約ですでに王家に金は渡っているはずです。あなたはその金で何をしましたか? まさかあとでオルピュール家に突き返すために貯蓄なんてしているのではないでしょうね?」

 

 ルクレシアを愛でる会とかなんとかいうバカみたいな名称の基金をゴルディが設立していて、王族の皆様にはそこから毎月一定額を支払っているはずである。

 プライドの高い一部の王族は「こんな汚れた金はいらん」と受けとりを拒否しているそうだが、ルクレシアの婚約者であるアルフォンスはそこまで明確な抵抗はしていない。

 けれども焦った顔になるアルフォンスを見れば、ルクレシアの問いは図星を突いているようだ。

 

「いや……もう……どれだけお金の使い方が下手なのですか。うん。わかります。わかりますよ? わかりますけど」

 

 意地の悪いゴルディは、一回の額が大きくなりすぎないように王族への支払いを月ごとにしている。

 日々の苦しい生活を抜けだし、少しばかり贅沢をしたらなくなる程度の額。

 これが年に一度、目の玉が飛びでるような大金が入るなら大それたことも企てようが、悲しいかな真面目な人間ほど自分の持っている金以上のことは考えられないのである。

 

 ならせめて、その金を増やすことを考えるべきだ。

 財政に詳しい人物を招聘するとか、直轄領の経済のために投資をしてみるとか……商人たちに利子をつけて貸すだけでもだいぶ違う。まあもちろん金貸しの真似事なんで、王家にふさわしくないだろうが。

 

 なにもしない、ただ眠らせているだけの金は死に金だ。

 

(ただ……事情も理解できてしまうのよね)

 

 金のやりくりなどというのは下賤な事柄だ。

 王らしい態度をとった結果、称賛とともに勝手に金が集まってくるのでなくてはいけない。少なくともこの国の建前では、富と名声はセットでもたらされるものということになっている。自分から手をのばしてとりにいくなど言語道断。だからこそオルピュール家のような商人あがりの成金は嫌われる。

 

 騎士団(軍事)裁判官(司法)宮廷魔導師(魔法)といった役職は貴族が就くのに対して、財政に関しては宰相がいるだけで以下の役職には下級貴族や平民の富裕層出身者が多い理由だ。

 

 ルクレシアに叱られうつむいているアルフォンスも、そういった蔑視感情を吹き込まれたのだろう。

 誰にといえば――王族が金について口を出さないでいてくれて得をする人物に。

 そこへ考えがいたり、ルクレシアは小さくため息をついた。

 

「いま言っても仕方のないことでした。申し訳ありません。ただ、殿下には、自分が成すべきことを考えていただきたいと思います」

「成すべきこと……」

「殿下の手にはその元手があります。オルピュール家の恩を着たくないというのなら、確実に金を増やす方策をとってください。それでわたくしたちが婚約破棄するころに利子でもつけて返してくださればいいではありませんか」

「婚約破棄?」

「あ゛……っ」

 

 ぽろっとこぼれてしまった人生計画にルクレシアは口元を押さえた。すぐにその手を口の横へと持っていき、高慢なお嬢様ポーズを決める。

 

「オーホッホッホ、殿下にそんな行動力などおありではないことを見越した上の皮肉ですわ! あなたは王太子でありながらオルピュール家に身売りをしたも同然ですもの。悔しかったら金を倍にしてお返しなさいと言っているのですよ! オーホッホッホ!!」

 

 もう片方の手でビシイッとアルフォンスを指させば、秀麗な顔には怒りが表れ、眉が寄った。ごまかされてくれたようだ。

 レイがものすごく微妙な表情で自分を見ている気がするが、悪役令嬢なのだから嫌われること自体は問題ないだろう。変に興味を持たれるほうが困る。

 

 内心でそう言い訳したところで、ルクレシアはレイの呆れ顔の本当の意味に気づいて高笑いをやめた。

 

 三人の周囲を、ぐるりと複数の気配が取り囲んでいた。

 聞き慣れぬ高笑いは貧民街の住人たちを呼びよせてしまったらしい。

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