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第15話.アルフォンスの冒険(前編)

 翌日の午後。アルフォンスは王宮内の自室を苛々と歩きまわっていた。

 もうすぐルクレシアがやってくる時刻だ。

 

 今朝、突然やってきた使者がルクレシアの来訪を予告し、午後の予定はすべてキャンセルされた。

 オルピュール家が望めば王家をどのようにでも動かせることを見せつけられたのだ。これが苛立たずにいられるだろうか。

 

「ルクレシア・クロスビー様、お越しになりました」

 

 年かさの侍従が後ろへ髪を撫でつけた頭を深々とさげ、アルフォンスに告げる。

 

「わかった。特別な話がしたいと言われている。部屋へ通したら人払いをするように」

「承知いたしました」

 

 その話とやらがなんなのか、中身を考えることもアルフォンスを苛立たせる一因だった。

 まさか、王太子妃となること以上の無茶を言われるのか。

 

 それとも――と、アルフォンスの脳裏に完璧な礼をして見せたルクレシアの姿がよみがえる。

 本当に次期王太子妃として、アルフォンスの機嫌をとろうとでもいうのだろうか。

 

(媚びてきたところで、応えてなどやるものか。王家にも矜持はあるということを見せてやる)

 

 こぶしを握り、アルフォンスは抵抗を決意する。

 

 廊下を人の移動する気配が近づき、開け放たれた扉から先導する侍従が見えた。

 それからルクレシアの特徴的な紫の髪と、見た目だけなら美しい容貌が、ついで無表情な――こちらもなぜか見た目だけは煌びやかな従者が。

 

「ごきげんよう、アルフォンス様」

 

 前回と同じく、優雅で、一分の隙もない礼が披露される。ほかの者なら王太子殿下と呼びかけるところを、婚約者である彼女はアルフォンスの名を呼ぶ。

 

 その背後で侍従が音もなく扉を閉めた。

 部屋にはアルフォンス、ルクレシア、レイの三人だけになる。王家側の従者も、護衛もいない。ルクレシアがそう望んだからだ。

 

「……ごきげんよう、ルクレシア嬢」

 

 言葉を紡ぐ舌に苦々しいものを感じながら、アルフォンスも最低限の挨拶を返す。

 

「お人払いありがとうございました。このあとのことも、ほかの方には内密にお願いいたします」

「……ああ」

「けっこうでございます」

 

 なにを吹っかけられるのかと表情を硬くするアルフォンスに、ルクレシアは鷹揚に頷いた――かと思えば、アルフォンスのわきをすり抜け、部屋の奥へと進む。

 

「え?」

 

 思わず間抜けな声をあげたアルフォンスの前で、中庭に続く窓が大きく開かれた。レイが身をのりだし、階下を確認する。

「問題ありません」という一言とともに、流れる銀髪を残像にしつつ、レイの姿は窓の外に消えた。

 

「!?」

 

 アルフォンスの部屋は二階で、下は芝生と茂みだ。落ちたところで死にはしないが、今のは誤って落ちたのではなく自分から降りたのだ。

 そのうえルクレシアまで、「本当に大丈夫なの?」などと言いながら窓枠に足をかけている。

 

「な、なにを?」

「くれぐれも内密にお願いしますわよ、アルフォンス様。わたくしがあなたの婚約者になったせいで、おじい様や下僕どもが浮かれてしまって……危ないことはするなと言うのです。ですからここから行くしか」

「ま、待て!」

 

 身をのりだしたルクレシアに声をあげれば、蜂蜜色の瞳が面倒くさそうにアルフォンスを見る。

 

「なにを企んでいる? 言え!」

「言ってどうなるものでもありませんわ」

「お前、自分が嫌われ者の自覚はあるのか!? 殊勝なふるまいをせねば、噂の的に――」

「嫌わせておけばいいではありませんか」

 

 アルフォンスの言葉を遮り、ルクレシアはくすりと笑う。

 

「おあいにく様、そんなもの痛くも痒くもございませんの」

「……!」

 

 不意に、アルフォンスは気づいた。

 ルクレシアは、王太子である自分を見ていない。王太子妃の椅子も見ていない。

 彼女は――彼女の目的のために、王太子の婚約者という立場が必要だった。だからそれを手に入れた。

 

 アルフォンスが憤り、負の感情を募らせていたことは、ルクレシアにとってどうでもいいことなのだ。

 

 ルクレシアの言うとおり、オルピュール家の権力が盤石である限りは噂話などとるにたりない。

 現在の王家のように、貴族たちからの評価に怯え、反乱の可能性に怯えて非の打ち所のないふるまいを心がけるなどということは、ルクレシアには必要ない。

 

 彼女は――強い。

 自分よりも、ずっと。

 

「ぼくも行く!」

 

 考える前に体が動いていた。

 階下から手をさしだす従者へ身を投げだしたルクレシアが、空中で「はい?」と呟くのが聞こえた。

 

 自分よりひとまわり小さな体が従者の腕に包み込まれ、無事に地面へと降り立つのを見届けてから。

 

 アルフォンスも、窓から飛び降りた。

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