第14話.執事レイ(後編)
「でも、レイはわたくしと国外追放ということになるわよ。いいの?」
「はい。私はもともと身よりもなく、頼る先もありません。お嬢様に雇っていただけるほうが安心です」
(それもそうか)
レイはまだこちら側の人間。いくらそれでいいと言われても、裏切りの未来が描きにくいのは当然だ。
(最終的にレイがシュゼットを選ぶならそれでもいいし)
悪役らしく見えるようにつんと顎をそらしてから、ルクレシアは頷いた。
「いいわ。なら、はりきってシュゼットをさがしてちょうだい」
「御意に」
いつもなら一言揶揄でも呟きそうなレイは、神妙な面持ちで胸に手を当て、頭をさげた。
*
シュゼットさがしはレイに任せることにして、ルクレシアは今後の予定を考えてみた。
ホーデンブルク王国やキングラント王国へ住むことになるのなら、それらの国々の言語や地理、文化を知っておいたほうがいい。
(できれば裏社会の勢力図もね……オルピュール家であることがバレたらなにか言われるでしょうし)
そのあたりはレイに調べさせよう、と手元の紙にレイへの指示を書きつけつつ、ルクレシアは(なるほど)と一人で頷いた。
(わたくし、無意識にすべてをレイに頼っているわね!?)
ルクレシアが国外追放となったそのとき、レイがまだルクレシアの執事でいることを選んでくれたなら、それはありがたいことだ。
一方のレイも、新しい職場環境をゼロから手探りで構築するよりは、ルクレシアのそばにいたほうが食いっぱぐれない、という判断になる。
さて、心配事はもうひとつ――というか、もう一人。
まだ出会っていない攻略対象についてだ。
『シュゼ永遠』の攻略対象は全部で五人。
ルクレシアが出会ったのは、執事レイ、王太子アルフォンス、騎士伯爵(予定)ネイン、筆頭宮廷魔導師ウィルフォードの四人。
ゲームのパッケージでも、シュゼットを囲むように配置されているのはこの四人だ。
だが、実はもう一人、隠し攻略対象がいる。
宰相ザカリー・ベルクレイス。
王太子アルフォンスルートを攻略し、かつストーリーの全体エンディングを見てから、つまり二周目でないとルートに入らない、最も攻略難易度の高い相手。
ちなみに攻略難易度はウィルフォードとレイが同率二番手、アルフォンスとネインは普通といったところだ。
(ザカリーのことも調べさせたほうがいいかしら。それとも、わたくしから妙な動きをするのは控えるべき?)
ペンの頭でコツコツとテーブルを叩きつつそんなことを考えていたら、被せるようにノックの音が響いた。
「お嬢様。レイでございます」
「ああ、入ってちょうだい。ちょうどいいところに戻って――」
「シュゼットが見つかりました」
「はっっっや!!」
今度は堪えきれずに声に出てしまった。
目を丸くするレイに口元を抑え、「オホホ、こほんっ」と咳払いをしてみるもののごまかしきれはしないだろう。
(レイって、なにか裏設定があったっけ……?)
さがしものが得意とか、特殊能力が使えるとか、そういったことがあっただろうかと考えてみるものの、いまいち思いだせない。
悪役令嬢の執事であるレイは、エピソードを重ねてもあまり自分のことを開示しない。ただこうして探偵のようなことや裏工作は得意だから、人さがしも特技なのかもしれない。
「ずいぶんと早かったのね」
「実は、見つかった少女はシュゼットという名ではないのですが」
その言葉がどういう意味がわかってしまったルクレシアは、ひきつった笑みを浮かべていた唇を引き結んだ。
「名以外はお嬢様のおっしゃった人物と一致しましたので、まずはご報告をと思いまして」
「わかったわ。それで、場所は?」
レイの告げたのは想像どおりの地域で、ルクレシアはため息をついた。