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第13話.執事レイ(前編)

 ウィルフォードが王宮へ行きたいというので、馬車はクロスビー伯爵家からふたたび王宮を経由し、オルピュール家の屋敷に戻った。

 

 アルフォンスとの謁見、クロスビー家でのメイベルの治療、ネインやウィルフォードとのやりとり。

 一日で色々なことがありすぎだ。

 

 へとへとになった体を自室のベッドに投げだして、ルクレシアは大きなため息をつく。

 

(なんというかこれは……ものすごく貧乏くじなのでは?)

 

 前世の記憶がよみがえらなくとも、ルクレシアは処刑されるわけではない。王妃の座を逃し、断罪され、追放されたことについては怒り狂うだろうが、ゴルディと隣国で暮らすうちに気持ちも落ち着いたはずだ。

 それが、変に先のことを知っているせいで、高難易度キャラに遭遇するし、要らん気は遣うし。

 本編が始まるまでのこれから六年間が思いやられる。

 

(メイベルが苦しまずにすんだから、いいのだけれど。……ただ、シュゼットの活躍を奪ってしまったことにもなるわよね)

 

 本編の六年前であるせいで、シュゼットはまだ教会に見いだされていない。表社会裏社会双方の情報に詳しいゴルディも、聖女の存在は知らない。知っていれば教会より先に確保して、オルピュール家の力をさらに盤石なものにしようとしたはずだ。

 まあそれでは本編が成り立たなくなるので、シュゼットは噂話だとしてもオルピュール家には伝わらないようになっているのだろう。

 

(……ん?)

 

 そこまで考えて、ルクレシアはふとベッドに身を起こした。

 

 ゲームのとおりなら、ゴルディやルクレシアが聖女シュゼットの存在を感知することはない。

 だが、今のルクレシアはシュゼットを知っている。

 

(六年待たなくてもいいんじゃない!?)

 

 成金で当て馬な己の役割を演じきろうと決意したのは数か月前のこと。

 だがルクレシアは出会うはずのなかったウィルフォードに出会い、メイベルの病を改善した。ルクレシアの行動で、この世界は変わっていく。

 だとしたらそれは、シュゼットにも当てはまるはずだ。

 

 ベッドから跳ね起きると、ルクレシアは呼び出し用のベルにつながる紐を引いた。

 すぐにレイが現れる。

 

「レイ、あなたをわたくし専属の執事と見込んでのお願いよ。シュゼットという女の子をさがして。歳は十、赤みがかった亜麻色の髪に青い瞳。怪しいのは……聖教会。おじい様には内緒でね」

 

 聖女シュゼットの物語は、聖教会でのチュートリアルから始まる。神の名のもとに清貧を誓う教会は、オルピュール家にとっては天敵である。

 ルクレシアの言葉にレイは眉をひそめた。

 

「シュゼット……とは、お嬢様が以前におっしゃっていた?」

「え!?」

 

 なぜレイがシュゼットの名を知っているのか、と驚いてから、ルクレシアは思いだした。前世の記憶が戻ったとき、思わず「シュゼ永遠トワ」と呟いてしまった。

 あれはゲームタイトルで、シュゼットと言ったわけではないのだけれど、だいたい似たようなもの。

 

「国外追放されると聞きました。その娘がきっかけなのですか?」

 

 レイにしてはめずらしく、ルクレシアを問い詰めるような口調だ。

 ごまかそうかと考え、ルクレシアは諦めた。どうせシュゼットを連れてくれば関係がないとは言い張れなくなる。それよりは少しでも情報を与え、安心させてやるべきだろう。

 

「そうよ。どうしてかは言えないけれど、わたくしは少しだけ未来を知った。……シュゼットは、わたくしのかわりに王妃になるの。そしておじい様とわたくしは追放される」

「その娘を、連れてこいとおっしゃるのは、まさか……」

 

 青ざめて震えるレイを見上げ、今日はやけに感情を露にするものだと思ったところで、ルクレシアはハッと気づいた。

 

「じゅ、十歳の……いたいけな少女を……」

「違うわよ!! 人知れず始末しようと思っているわけじゃないの!!」

 

 その選択肢も、検討はしたが。

 慌てて否定すると、レイはほっと息をついた。ルクレシアの命令ならゴロツキどもを叩きのめすレイでも、少女はいけないらしい。

 メイベルのためにウィルフォードを引き止めたのも、やはり彼自身のやさしさなのだろう。

 

「おじい様は国外追放の備えをされていらっしゃるわ」

「それは、旦那様らしいですね」

 

 運命に抗うつもりはないのだと説明すると、レイは納得したように頷いた。

 

「そう。だからあなたはなにも気にせず、そのときになったらわたくしを売ればいいわよ」

 

 それまではレイに忠実な執事でいてもらわなくては困る。そんな思いを込め、安心させようと言った言葉に、レイはまた眉をひそめた。

 

「……お嬢様を売らないで私が生き延びる道はないのですか?」

「え? うーん……」

 

 思いがけない問いにルクレシアは考え込んでしまう。

 

 もちろん、王太子アルフォンスとの婚約を解消し、オルピュール家が控えめに暮らしていけば、当面のあいだ生活は脅かされない。

 けれどもその先にあるのはゴルディの跡継ぎとなったルクレシアの争奪戦、もしくはルクレシア暗殺によるオルピュール家の解体なわけで、そうなると王都のみならず国内の裏社会が一気に統率不可能なものになってしまう。

 だから権威を王家に引き継ぎ、ルクレシアは悪役令嬢として隣国に追放されるのが一番平和なのだ。

 

 そのきっかけとなるのが、シュゼットから見ればレイの改心、ルクレシアから見ればレイの裏切りなわけで……。

 

「オルピュール家の内情に通じていて、機密にもある程度アクセスできて、王家に対する証言にそこそこの信憑性が認められる人物というと……」

「……私しかいませんね」

 

 ゴルディの執事では、ちょっと権威が高すぎるというか、オルピュール家がなにか企んでいるのでは? と疑われかねない。

 ルクレシアを通じて聖女シュゼットと接したレイが、自分の過ちに気づく――というところで裏切りの説得力が出るのだ。

 

「あ、でも……シュゼットが見つかれば、どうにかなるかも」

 

 腕組みをし、ルクレシアは首をかしげた。

 シュゼットがそばにいれば、彼女自身がルクレシアの悪事を目撃することになる。レイを介さなくてもいい。

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