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第12話.筆頭魔導師ウィルフォード・リージズ その2(後編)

 なぜウィルフォードの姿を見ただけで彼がリージズ侯爵家次期当主であり筆頭宮廷魔導師であることがわかったかといえば、それは彼が『シュゼ永遠トワ』の攻略対象の一人であり、ルクレシアには前世の記憶があるからなのだが……まさかそんなことは言えない。

 

(レイのせいにしよう)

 

 ルクレシアの判断は早かった。どうせレイに馬車内の声は聞こえないし、使用人とは主人の嘘を被るものである。

 

「わたくしはあらかじめ執事から報告を受けていましたから。嘘だと思っていたら身なりからどうやら本物だと判断したのです」

「どうして身なりで本物と判断できる」

 

 間髪入れずに質問を返され、ルクレシアは内心で歯噛みする。

 

(おじい様のせいにしよう)

 

 今度もルクレシアの判断は早かった。

 どうせゴルディに馬車内の声は聞こえないし、祖父とは孫の我儘を聞くものである。

 

「宮廷魔導師にのみ与えられるイヤーカフをされていらっしゃるのが見えました」

「なぜお前が宮廷魔導師のイヤーカフを知っている」

「あら、わたくしはオルピュール家の孫ですよ? この王都で、ゴルディ・オルピュールに知らないことはありません」

 

 気圧されて丸くなりかける背中をそらし、ルクレシアはつんと顎をあげた。自信たっぷりに見える程度に、ウィルフォードは考え込む表情になる。

 

「まさか、オルピュール家がそんなことまで調べているとは……」

 

(やったわ)

 

 ルクレシアは心の中でガッツポーズした。

 ウィルフォードは長髪を無造作におろしている。イヤーカフが見えたというのは嘘だ。ゲームで知っていただけ。

 宮廷魔導師に叙任されると、名誉の証としてマナカイトという宝石のついたイヤーカフが贈られる。これは王宮内での身分証明になり、かつマナカイトには魔力増強の効果があるため、名誉に興味のないウィルフォードでもいつもつけているわけだ。

 

 ハッタリの上にハッタリをかましたわけだが、持つべきものは前世の知識と突拍子もない嘘も信じさせてくれる祖父である。

 

「それで、俺になんの用だ」

「それはまあ、おいおい。わたくしにも色々と計画がありますの」

 

 勘違いでした、とは言えずにルクレシアはごまかした。ウィルフォードとのつながりは、持っておいて損はない。

 とりあえずいまは話を逸らそう。

 

「……そういえば、レイはどうやってあなたを連れてきたの?」

 

 ルクレシアはレイに、金に糸目をつけずに魔導師を連れてこいと命じた。しかしウィルフォードは金になど困っていないはずだ。

 

「ちょうど俺がこの屋敷の前を歩いていたところに声をかけられた」

 

(……やっぱりそうなのね)

 

 ウィルフォードはちょうどこの屋敷の前を歩いているようなご都合キャラではないはずなのだが、イベントの力は恐ろしい。

 

「とある事情があり、体内の魔力循環に詳しい人物をさがしていると言われた。金ならいくらでも出すとも言っていたが俺は金には興味がない」

 

(まあそうよね)

 

「通りすぎようとしたら、あの男が――」

 

 ――幼い子どもの命がかかっているのです。

 

 ウィルフォードのローブをつかみ、そう言ったのだという。

 レイの身分は、よくて伯爵令嬢の専属執事。悪ければ貴族ですらないオルピュール家の使用人である。対して魔導師はほとんどが貴族階級だ。断りもなく触れれば殺されてもおかしくない。

 

 ルクレシアの脳裏にレイの姿がよみがえる。

 

 あれは七年前のこと。ルクレシアはまだ五歳で、レイは十一歳。

 ぼろぼろの身なりで途方に暮れたような顔のレイは、通りかかったルクレシアのドレスの裾を引いた。

 

 ルクレシアはレイを拾った。それからずっとレイはルクレシアの専属執事だ。

 当時の護衛はなにをしていたのだろうかとも思うのだが、レイの身体能力はあの頃から高かったのかもしれない。

 

 レイは五歳のメイベルに、当時のルクレシアを見たのだろうか。

 飄々としているように見えて、自分の命を賭けても助けたいという気持ちがあったのかもしれない。

 

「それで、きてくださったのですね……」

 

 柄にもなくしんみりとした声が出てしまったルクレシアに、ウィルフォードは頷いた。

 

「ああ。魔力絡みで幼い子どもの生死に関わるといえばイグサリ草が原因の可能性が高いからな。貴重な症例だ」

 

(……この男は)

 

 内心の苛立ちが思いっきり顔に出てしまったがウィルフォードの反応はなかった。

 

 顔がいいというフィルターを取り払ったウィルフォードは冷徹な魔術バカであり、人を人とも思わないところがある。

 そんな彼が唯一愛したのがシュゼットで、だからこそプレイヤーは心をときめかせるのだが……。

 現実的には、親しい人間関係はお断りしたいタイプのキャラである。

 

 レイの必死さやメイベルの苦しい境遇に胸を打たれたわけではないらしい。

 無礼を問題にせずついてきたのも、ローブをつかまれたところで下々の者が貴族に……などという思考回路がなかっただけだな、と察する。

 

 レイが語ったのがそれだけなら、報酬はいらないだろう。わざわざこちらから切りだす必要もない。

 本格的に腹の立ってきたルクレシアがそう結論づけたところへ、

 

「クロスビー伯爵領本邸の裏山に群生しているというイグサリ草は、宮廷魔導師団が撤去する。費用は取らない代わりにイグサリ草は回収させてもらうぞ。薬の貴重な原料になる」

 

 淡々と、決定事項としてウィルフォードは語る。

 大人が触れても重症化しないとはいえ、イグサリ草の扱いは専門家に任せたほうがよい。それはそうなのだけれども。

 

「それにイグサリ草の近くには魔晶脈があるかもしれない」

 

 言ってから、ウィルフォードはルクレシアへ視線を向けた。

 

「……金なら払わんぞ」

「ご心配なく。余っておりますので」

 

 オルピュール家は金にがめつい。それは否定しない。しかし金にがめつい者の常として、金にがめついと他人に思われるのは嫌いだ。

 

(……本当にこの男は!!)

 

 目の前で組まれた長い脚を蹴り飛ばしてやりたい気持ちに駆られながら、ルクレシアは平静を装った。

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