第11話.筆頭魔導師ウィルフォード・リージズ その2(前編)
馬車はきちんと正面玄関に用意されて、ルクレシアを待っていた。レイがドアを開け、エスコートのために手をさしだす。
けれどもその手をとろうとしたルクレシアの腕に、しゅるりと絡みつくものがあった。
視線を向ければ、それは小枝のようなもの。細くて節くれだっていて、赤茶けた色をしている。断定できないのは、その小枝が蔓のようにのびてルクレシアの腕をつかんでいるからだ。
(なにこれ?)
理解できないままにさらに枝の先を視線で追えば、ルクレシアから少し離れたところにウィルフォードが立っていた。
ローブの袖からは、ルクレシアの腕にのびているもののほかにも似たような蔓状の小枝が数本顔を出し、うにょうにょと踊っている。
(えっ!!! キモっ!!!!)
どうやらウィルフォードの魔法の一種らしい。
心の中だけに留めて声には出さずにすんだが、ウィルフォードには伝わってしまったようだ。
「待てと言っているのに止まらないからだ」
ルクレシアの腕から小枝が離れた。動く枝を手招きしてローブに戻しつつ、ウィルフォードは不機嫌そうに眉を寄せると馬車に近づいてきた。送っていけということのようだ。
「ごめんなさい、高笑いのしすぎで聞こえていなかったわ」
ルクレシアもせいいっぱいだったので、そこは許してほしいところである。
「レイ、ウィルフォード様も馬車に。来ていただいたのだもの、お見送りしなくては」
先に馬車に乗り込んでしまうと、ルクレシアは傍らに控えるレイに声をかけた。
どこから連れてきたのかは知らないし、放置してもクロスビー伯爵がどこへでも送り届けるだろうが、待てと言われたならルクレシアが送るべきだろう。
ルクレシアの言葉にウィルフォードは身を屈めて馬車へ乗り込む。
長身のウィルフォードが入ってくると、馬車は途端に狭くなったような気がした。子どもの体のルクレシアから見ると余計に威圧感がある。
ウィルフォードにルクレシアを気遣う思いやりはないらしく、じろりと鋭い視線を向けられた。
「……俺は、侯爵家の次期当主ではあるが、晩餐会や舞踏会といった類のものには出席していない。魔法の研究に時間を充てたいからだ」
「はあ」
それは知っている。ウィルフォードは侯爵家の嫡男として生まれたが幼いころに魔法の才能があると認められてから魔法に没頭し、魔導師になれば家を継がなくていいと考え魔導師の資格をとったのに才能がありすぎたせいで最年少で筆頭宮廷魔導師になってしまい、箔がついたので結局侯爵位を継ぐ羽目になった、という経歴を持つからだ。
気のないルクレシアの返事にウィルフォードは目を細めた。瞳の奥には、探るような光が浮かんでいる。
(あれ、もしかして、送ってほしいだけじゃなかった?)
なにかしくじったのかもしれない。そう悟ったが、すでに遅く。
「クロスビー伯爵ですら俺の顔を知らなかった。なのにお前は、俺の顔を見て驚き、名を聞いたときには驚かなかった。そのうえ、俺の実力を怪しむこともせず、すぐに治療を任せた」
「あっ」
馬車に同乗させたのも失敗だったのだ。ガラス窓を叩けばレイが飛んでくるとはいえ、馬車内の声は外には聞こえない。秘密の話をするのにはうってつけで、ウィルフォードはルクレシアが密談に誘ったと解釈しただろう。
「なぜ俺の正体を知っている? なにが目的だ?」
美形の圧に押され、ルクレシアのこめかみを冷や汗が伝った。




