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第1話.乙女ゲームに転生したらしい(前編)

「あら? ここ、『シュゼ永遠トワ』の世界だわ」

 

 ならず者どもの腕に彫られた刺青を見て、ふと気づいたルクレシアは、呟きを漏らした。

 

「シュゼトワ?」

 

 鳩尾への一撃を決めたレイが失神した男を蹴り転がしながら怪訝な顔になる。その背後から顔に傷のある男がナイフを振りあげ迫るが、レイは見えているかのようにいなし、首すじに手刀を叩き込んだ。

 

「気にしないで。しかし厄介なことになったわね」

 

 ルクレシアはため息をついて首を振った。

 

 厄介なことになった、というのは、自分を攫おうとした男どもが執事レイによってぶちのめされている目の前の光景を指すのではない。こんなのは日常茶飯事だ。

 ルクレシアの眉間に皺を刻んだのは、先ほどとり戻した前世の記憶。

 

 どうやら、自分は乙女ゲーム『シュゼットの歌声は永遠に』、通称『シュゼ永遠トワ』の世界に転生したらしい。

 

「鏡を」

「は」

 

 従順な専属執事であるレイは最後の一人を昏倒させると、すぐにルクレシアの前に跪き、懐から鏡をとりだした。

 覗き込んで確認する。たしかに覚えのある外見だ。もちろん毎日鏡を見ている自分の顔なのだが、そうではなく、以前には()()()()()()()()()()()()知っていた人物の面影があった。

 

 ルクレシア・オルピュール。

 ロングの紫髪に、蜂蜜色の瞳。勝気そうな目元とつんとした鼻先。まだ十二歳だというのに将来を約束されたかのような美貌である。

 だがその役どころは、わがまま放題に育ち、金に物を言わせて王妃の座を狙った挙句、聖女として覚醒した主人公シュゼットに悪事を暴かれて断罪され、王都を追放される――当て馬ポジションの、いわゆる悪役令嬢。

 というか、厳密に言えば、現在は令嬢ですらない。

 

「それほど厄介なことなのですか?」

 

 ルクレシアが考え込んでしまうなど滅多にないことだ。レイが不安げに声をかける。

 必要以上に派手な見た目の従者に顔を覗き込まれ、ルクレシアは閉口する。

 

 肩まである長めの銀髪をハーフアップに束ね、涼しげな目元と通った鼻すじ、薄い唇をしたレイは、ルクレシアに負けず劣らず美形だ。

 レイを拾ったのは幼いころの自分で、なんだか妙にキラキラした少年がいるなと思っただけだったけれども、役どころを思いだせばキラキラ感にも納得がいく。

 

「そうね。厄介ね。いま十二歳だから……五年後……いえ、六年後かしら? わたくしは王都を追放されるわ」

「お嬢様はともかく、私めはどうなりますか」

 

 従順だが薄情な従者は、己の進退に不安を覚えているらしい。

 

「主人の心配をしなさいよ。ええとね、あなたは攻略対象だから」

「?」

 

 レイの顔が無駄に整っているのは、聖女シュゼットと結ばれる可能性があるからだ。

 ルクレシアの右腕として暗躍していたレイは、シュゼットに出会い本当の愛を知る。そしてルクレシアを裏切り、シュゼットがルクレシアの悪事を暴くきっかけになるのだ。

 

「わたくしを売って聖女の味方につけば生き延びるわ」

「わかりました。お嬢様のことは忘れません」

「六年後の話と言ったでしょう。今すぐあなたをクビにすればまた話は変わってくるわね」

「お嬢様に忠誠を誓います」

 

 勢いよく裏切りかけたレイはすぐにこうべをたれてルクレシアの紫の髪に口づけを落とした。

 これは貴族以外の者が貴族に忠誠を誓う際の仕草である。顔を蹴りあげてやりたいが顔に傷をつけるのがためらわれるほどの美形なせいで、レイは長年ルクレシアの従者を務めあげることができている。

 

「まあいいわ」

 

 ゲーム本編が六年後だと思えば、内心の動揺は落ち着いた。

 レイにも言ったとおり、こちらが行動を変えれば、話も変わってくるだろう。情報を集め、備える時間もある。

 

「まずは目の前の始末をつけましょうか」

 

 ウェーブがかった髪をゆったりとなびかせて、ルクレシアは立ちあがった。

 

 薄汚れた室内には、七人の不届き者が倒れている。

 コリエ通りで買いものを楽しんでいたルクレシアとレイを、金満商家の娘とその付き人とでも思い、路地裏へ引き込んだ張本人たちだ。まあ一応その推測は当たっているのだけれど。

 

 顔に傷のある男がリーダー格らしい。ルクレシアが前世の記憶について悩んでいるあいだに意識をとり戻した男は、痛みを堪えてルクレシアを睨みつけ、薄笑いを浮かべてせいいっぱいの虚勢を張っていた。

 

「はっ、小さなお嬢ちゃんがなにをするつもりだ?」

 

 額から頬にかけての大きな傷は、普通の人間なら怖がるのだろうけれども、ルクレシアにはある意味見慣れたもの。

 

「一対七でぶちのめされておいて、いきがられてもねえ……」

「て、てめえ……っ!!」

 

 賊どものたくましい腕にはそれぞれ、三つの目を持つドラゴンの刺青が彫られている。

 

 イヴェール領の私兵に流行したというそのモチーフは、『シュゼ永遠トワ』のクライマックス、ルクレシアが聖女シュゼット暗殺を命じた男たちの腕にあって、悪事の動かぬ証拠となるものだ。

 

 初めて見るはずの三つ目のドラゴンに異様な既視感を覚え、ルクレシアは前世の記憶を思いだしたのだった。

 

 ということはつまり、シナリオどおりに進むならば、彼らはここでルクレシアの配下となるということだ。

 

「金貨を」

「は」

 

 今度はレイは、胸の内ポケットから金貨の入った布袋をとりだした。

 布越しにもずっしりと重量を感じさせるそれをレイがどうやって持ち歩いているのかは常の謎なのだが、ルクレシアは気にしないことにして受けとる。

 

「選ばせてあげるわ」

 

 言うが早いか、ルクレシアは袋の金貨を床にばらまいた。ほとんど日の入らない廃屋でも、ひとすじの光さえあれば金貨は美しく輝いてその価値を主張した。

 這いつくばる男たちの目が見開かれる。

 

「その一。このままわたくしのおじい様のところへ行って、死ぬよりつらい目に遭う。その二。このまま衛兵のところへ行って、死ぬよりはマシな目に遭う。その三――」

 

 カッとヒールの音を立てて、ルクレシアは男の前に立ち、彼を見下ろした。

 およそ少女とは思えない眼力に、男もごくりと息を呑む。ルクレシアの蜂蜜色の瞳は、見るものを蠱惑する不思議な色をたたえ、そしてまたルクレシアの感情もよく伝えた。

 

 先ほど自分で言ったとおり、自分たちの半分も生きていない〝小さなお嬢ちゃん〟が、その視線にいっさいの怯えを含まず、それどころか虫けらでも見るような目で自分たちを見ていること。

 ルクレシアの言葉は嘘でも脅しでもなく、ただ選んだとおりの未来が自分たちにもたらされるであろうこと。

 男にはそれがわかった。

 

「その金貨を拾って、わたくしの配下になる。……あなたの名は?」

「……バイロです、お嬢様」

 

 にこりとほほえんだルクレシアに、男は金貨を握りしめ、そう答えるしかできなかった。

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