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91話

 熾烈を極めたあの戦いから――――はや十日。

リリーは神妙な面持ちで、ひとり静かに過去を振り返っていた。


 場所は王都のアパルトメント……ではない。

今、彼女がいるのは、イスカリ平原沿いにぽつんと建つ生まれ育った家のリビングだった。

そう、彼女は生家へと戻ってきていたのだ。


 あの戦いの後、程なくして解散となり、アパルトメントへ向かおうとする途中、ワイトからある提案がなされた。

それは、新しい門出ということで、リリーの家を修繕しようという提案だった。

リリーはさすがに……と遠慮していた。

 が、一緒に帰路に就いていたメリアがその案に大いに賛成したため、それじゃあということでその翌日からリリーの家復興大作戦が決行されたのである。


 この計画にはメリア以外にもアレクやティターニアも協力し、五日ほどでリリーが持っている家の写真と遜色違わぬ状態になっていた。


「リリー・スカーレット! 主役は貴方なのですから……! はやく、おいでなさいな!」


 玄関でメリアが大きく手を振っている。

その声に、胸の奥がふっとあたたかくなった。


「うん! メリア、分かった! 今、そっちに行く! 」


 そう返事をして、リリーは手にしていた写真をそっとイーゼルに立てかけた。


 扉を開け、外へと駆け出す。

そこには、あの戦いを共にくぐり抜けた仲間たちが勢ぞろいしていた。


 外に置かれたテーブルの上には、目にも鮮やかなご馳走がこれでもかと並んでいた。

黄金色に焼かれたコカトリスの丸焼き、香草と共に煮込まれた山獣のスープ、彩り豊かな果物などなど……。

加えて、屋外に設けられた特設キッチンでは、<ブルーオーシャン>のウエイターが、色とりどりの食材を手際よくさばきながら、腕によりをかけた料理の腕前を披露していた。


 これは一つの節目を迎えたリリー・スカーレットの新たな旅立ちに対するパーティだった。


「暴食シスターの登場だぁ!! 急いで食わねぇと!! 食いたいものが食えなくなっちまうぞー!!」

 

 そう叫ぶワイトの手にはコカトリスの脚肉が握られ、その勢いはまさに戦場のごとし。

次から次へと豪快に食らいついていく。

その暴挙に、ティターニアが声を荒げた。


「ちょっと、普通、主役が手を付けてから食べ始めるもんでしょ!! 抜け駆けはずるいわよ!!」


 だが、そう言っている彼女自身も、ちゃっかり焼き串を二本くわえていた。

説得力、ゼロである。

そんな二人の騒ぎを横目に、アレクは別のテーブルでひとり嘆息しつつ呟いた。


「ハハハ……リリーさんに残しておこうという考えはないのでしょうか。……あの方々」


 そんなアレクの背後から、誇らしげな声が飛ぶ。


「心配ご無用ですわよ。リリー・スカーレットの分は、わたくしが完璧に確保しておりますので!」


 胸を張ってそう言い放つのはメリアだ。

その指がさす先には、肉、魚、野菜、果物、そしてまた肉……!

山のように盛られた食材が、まるで一人分とは思えぬ量で積み上げられていた。

そう、リリーの分は、確かに全力で確保されていたのだった。


 しかし、これはこれで別の問題が生まれる。


「さすがに、食べきれないんじゃないですかね……」


 アレクが山盛りのリリー専用プレートを見て、やんわりと現実的なツッコミを入れた。

肉、魚、野菜に果物……とにかく量がすごい。

もはや一人分の領域を軽く越えている。


 しかし、その声にメリアが即座に反応した。

ピシッと背筋を伸ばし、キラキラと目を輝かせながら言い放つ。


「リリー・スカーレットを甘く見てもらっては困りますわよ」


その言い切りっぷりに、アレクは思わずたじろいだ。


「凄い信頼関係ですね……。感服します……」

「そうですのよ。わたくしとリリー・スカーレットは切っても切れない運命の……いえ、宿命の糸で結ばれているんですのよ! ライバルですからね!」


 メリアが声高々に宣言すると、「わたしの席は……?」と控えめな声が聞こえた。

リリー・スカーレットである。

メリアは待ってましたと言わんばかりに、自身の隣へ手招きをする。


「ここですわ! ささっ、早くお座りになって!」


 満面の笑みでメリアが手招きする。

言われるがままにリリーが席に着くと、待ってましたとばかりに、メリアはスッと立ち上がり、コホンと咳払い。

その動きはさすがは貴族の令嬢然といった有り様であった。


「お集まりの皆様方、本日はお忙しい中お越しくださり、誠に恐縮でございますわ。十日前には、あのような壮絶な戦いもございましたが――――」


 と、メリアが話し始めたその瞬間。


「前置きはいいからァ!! 主役を出せー!! 主役をー!!」


 ワイトのヤジが辺りに響いた。

その手には、フォークに突き刺さった肉が高々と掲げられている。


 ……と、次の瞬間。


 シュッ――――ズブッ。


 どこからともなく飛んできたナイフが、正確無比な角度でその肉に突き刺さった。


「ひいっ!?」


 呻くワイトをニコニコと微笑みながらじっと見つめるリリーがいた。

その笑顔が、妙に怖かったのは言うまでもない。


「ワイト、行儀よく食べようね?」

「へ、へいっ……」


 すっかり大人しくなったワイトは、ナイフ付き肉をおとなしく皿に戻した。

 数秒の静寂が訪れる。

その一部始終を見守っていたメリアは、ひとつ咳払いをしてから宣言する。


「……まあ、ワイトさんの言うことも一理ありますわね。ということで――――」


 パンッと手を打ち、場の注目を集めた。


「本日の主役! リリー・スカーレットに、ご挨拶をお願いしましょう!!」


 わっと周囲が湧き上がる中、突然の振りにリリーがびくっと肩を跳ねさせた。

しかし、視線が集中している以上、断る余地もない。


「は、はい……!」


 椅子を引いて、おずおずと立ち上がる。

頬にはほんのりと赤みが差していた。


「ご紹介に預かりました、リリー・スカーレットです……」


 その控えめな第一声に、場のあちこちから歓声が飛ぶ。


「うおぉぉ!! 待ってましたぁ!!」

「キャー、リリーちゃーん!!!!」

「賑やかですね……」


 歓声はやがて拍手と笑い声に変わり、宴の熱気はさらに高まっていく。


拍手と歓声に包まれながら、リリーは照れくさそうに視線を泳がせる。

頬の赤みが濃くなり、両手の指をぎゅっと握り合わせた。


「え、えっと……改めまして。あの戦いの件、家の修復の件、本当にありがとうございます。こうして皆さんと一緒に笑って、パーティも開いてもらって……わたし、とっても、嬉しいです! だけど、わたしにはやるべきことがあるんです。わたしはわたしの家族を取り戻す。そのために、皆さん、わたしに協力していただけますか?」


「まったく、今更、なに言ってんだ! 協力しねぇやつがいるかってんだ! 家まで修復したんだぞ? だったら、地獄の果てまで付いて行ってやる所存だ。なぁ?」


 ワイトはそう言って、周囲の様子を伺う。

皆が思い思いに頷いた。


「……今後の意思確認が出来たということで――――」


メリアはそう言うと、胸を張り、朗々と高らかに叫んだ。


「それでは、リリー・スカーレットの新たな門出を祝して――――」


 全員が手にグラスを持ち上げる。

炭酸のはじける音、グラス同士が触れ合う澄んだ音。

ひとつの節目に、皆の笑顔が重なっていく。


「乾杯ですのよー!!」


「「「かんぱーい!!!」」」


 テーブルの上に咲く笑い声、温かな光。

そしてその中心には、微笑む赤髪の少女がいた。

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