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88話

「いや、何、アレの動向を探っていたらこんなところに行き着いてしまいましてね……」


 ライゼンは言葉の余韻を残しながら、ゆっくりとワイトとティターニアに視線を移す。

その視線は、どことなく懐かしげな眼差しだった。


「お久しぶりですね。ざっと、百年ぶりでしょうか……?」

「そうね。あの大戦以来だから……。それにしても、さっきは助かったわ」


 ライゼンは軽く頷き、口の端にかすかな笑みを浮かべた。


「ティターニアさんこそ、なかなかの離れ業をやってのける。目の前にポータルを展開しながら、別の入口を作り上げるとは……」

「ということはつまり……先程、わたくし達の前に出現したあのポータルはブラフだったということですの?」


 メリアの指摘にティターニアはゆっくりと頷く。


「そういうことよ、メリアちゃん。私がポータルを繋いでいる時に特殊な念話が聞こえてね……目の前のポータルに注ぐべきリソースを別の入口に使ったのよ。じゃなきゃ、あんな簡単に壊されたりしないわ」


そう言うと、ティターニアは再びライゼンに向き直った。


「助けられといて聞くのは野暮だと思うんだけど、今回は敵じゃないってことでいいのよね?」

「それを言うなら()()()だと思うのですが……」


ライゼンの発言にワイトが腕を組んで、わざとらしく首を傾げる。


「そうかぁー? ……お前確か、最初に会った時は殺意マシマシで襲ってきた記憶があるんだが」

「それは……うーん……貴方達のことを排除すべき敵として見なしていましたから……ハハハ……」


 ライゼンはそう笑いながら、困ったように後頭部をかいた。

その光景はリリーにとって新鮮な光景であった。

冷静沈着で、何事にも動じることのなかった師匠が今、目の前で困惑しながらも笑みを浮かべている。

遠き日の彼らの姿が目に浮かぶようで、ライゼンもまた、ワイト、ティターニアのかつての仲間であったのだと実感した。

それはつまり、以前、リリーの家で話したワイトが話した一件は、事実だったということになる。


「あとひとつ、聞いておきたいことがあるの」


 ティターニアは腕を組み、じっとライゼンを見据えた。


「あの腐れ外道は一応、アンタのところの序列一位よね? どうして、こんなことになったのか教えてくれるかしら?」


 その問いかけに、ライゼンは微かに目を伏せ、静かに息を吐く。


「その件については……誠にお恥ずかしい限りなのですが、あの男は追放したのですよ。愚かにも女神の力を得ようと、反旗を翻しましてね……。あまりにも危険だったため、始末したつもりだったのですが、何らかの手段で生き延びて、リリーの家族に酷い仕打ちを――――」


 その途端、ライゼンの顔つきが険しくなる。

リリーはその様子を見て、「師匠」と呼びかけ、ある決意を口にする。


「……師匠はわたしに言いました。父を戻すことは不可能に等しいことであると。実際、わたしもそう思っていました。だけど、多くの経験をしていろんな人に出会って、わたしの考えは変わりました。父を人に戻すことは出来る。それだけじゃない……母も、妹も取り戻して、元の日常を送ることが出来るって! わたしは必ず家族を……あの日の日常を取り戻す事ができるって!」


 ライゼンは一瞬、虚を突かれたかのような表情をすると、次の瞬間、その視線はまるで、遥か遠くの景色を見つめるかのように、遠のく。


「……私がアスモデウスをしっかりと仕留めていたのなら、貴方の身に起きたあの惨劇は起こらなかった。もしかすると、私は貴方を助けることによって、その罪を(あがな)おうとしていたのかもしれませんね……。貴方が再び、家族を取り戻そうとして、命を落とそうものなら私は罪の意識に苛まれることになってしまう……。だから、貴方に"不可能"であると伝えました。どうも、私は愚かな人間だったようです」


 ふっと自嘲するように笑う。

それは長く胸に抱え続けていた悔恨を始めて言葉にした瞬間であった。


 リリーは、一歩前へ進み出る。

師匠との距離を縮め、力強く言葉を紡ぐ。


「師匠があの男を仕留めていたら、わたしの身に起こったあの惨劇は起こらなかったかもしれません……。ですが、だからといって師匠が愚かだなんて、そんなことは絶対にありえません!! 師匠は何も知らないわたしに戦い方を教えてくれました。生き抜く術を教えてくれました。その教えがあったからこそ、多くの人の助けを借りてなんとかここまでやってこられたんです……。だから、師匠には感謝しかないのです」


 赤い瞳が、まっすぐに師匠を見据える。

その表情には、確かな誇りと、ゆるぎない想いが宿っていた。


 ライゼンは、軽く息を吐いた。

それは不要な重荷を背負い続けていたことに今になって気づいたからだ。


 もはや、目の前の赤髪の少女は、家族を失った悲劇の少女などではない。

いつの間にか、自らの意志で戦い、自らの望みを掴み取らんとする者に変わっていた。

そのことを、彼はようやく受け入れることができた。


 だからこそ、この少女に伝えなければならないことがあった。

その道がどれだけ過酷であろうとも、どれだけ困難に満ちていようとも、それでもその道を進もうとするのなら、止める理由など存在しなかった。


「リリー……本当に強くなりましたね。今の貴方になら、父親の居場所を伝えても問題はないでしょう」

「知っているんですか……!?」


 リリーは息を呑み、思わず問い返した。

今度は父を殺すためではなく、救うために父の元へ向かう事が出来る。

その現実が、もう目の前にあるという実感に、抑えきれない期待と昂ぶりが、胸の奥から湧き上がる。

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