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87話

 喉の奥でくぐもるように笑いながら、アスモデウスの声が低く、ねっとりと響く。

焦燥と絶望を煽る、冷たく無慈悲な宣告だった。

 その死の宣告に対し、場の空気を一切介さず、ワイトは問い返した。


「……なぁ、一ついいか?」

「なンだ、命乞いか?」


 アスモデウスが嘲るように答える。

しかし、ワイトはその挑発に乗ることなく、ただ淡々と続けた。


「……それだけは無いな。死んでいくのはお前一人だけだからだ。それが何故か、分かるか……?」


 一瞬の静寂の後、アスモデウスは鼻を鳴らす。


「私一人が死ぬダト……? ハッ、この後に及んデまダそのヨウな夢物語を――――」


 ワイトは微動だにせず、わずかに口角を上げて言い放つ。


「夢物語でもなんでもないんだぜ? 新たなポータルを開けばいい。たったそれだけの話だからよ……」

「何……?」


 アスモデウスの口調にかすかな動揺が滲む。

その後、ワイトの後ろから現れたティターニアが静かに笑った。


「……ポータルが閉じていたのは気付いていたわ」


柔らかながらも確信に満ちた声が響き渡る。


「だから、あんたが無駄口を叩いている間に、新たなポータルの準備を整えさせてもらったわ」


 ティターニアの言葉に、アスモデウスの表情がわずかに歪む。

それとは対象的にティターニアは余裕たっぷりに微笑みながら、指先を彼の頭上へと向ける。

そこには、無機質に刻まれ続ける数字。


「ご丁寧に、残り時間まで表示してくれていたおかげで、とても助かったわ」


指先で軽く髪を払うと、悪戯めいた笑みを浮かべながら呟いた。


「残り30秒ね……。でも、この通り、ポータルなら、既に完成している……!」


 その言葉が響いた瞬間、地面に鮮やかな魔法陣が浮かび上がる。

絡み合う光の紋様が脈動し、閉ざされた運命に抗う唯一の手立てと言わんばかりにその輝きを増していく。

それは巨悪と戦い抜いた者らに送られる希望だった。

非情な運命から逃れるための脱出口だった。


 だが、残念なことにその希望は打ち砕かれることとなる。


「え……?」


 ティターニアから漏れた声が、静寂に吸い込まれる。

突如として禍々しい闇の渦がどこからともなく湧き上がったからだ。

それは瞬く間に魔法陣を包み込み、侵食し、光を蝕んでいく。

希望は成すすべもなく黒い波に飲み込まれていった。


「ダカラ、何度も言ってイルだろウ!!」


アスモデウスの叫びが、狂気じみた熱を帯びる。


「お前たチは逃げらレナいのダト!!」


 アスモデウスのヒビ割れた皮膚から、禍々しい黒い光が滲み出る。

かろうじて人の形を留めていた身体の崩壊が進行する。

 腕が裂け、肩が砕け、顔の輪郭すらも判別が出来ないほどに歪んでいる。


 だが、それでもなお、彼の笑いは止まらない。

刻一刻と迫る終焉を前に、まるで至福の時を待ちわびる者かのように嗤い続ける。

間もなく訪れるであろう、至高の断末魔を心待ちにしながら。

たとえ、その甘美な声を自身の耳で聞くことが叶わぬとしても構わない。

なぜなら、その未来はすでに定められているのだから。


"10"


 アスモデウスの頭上に浮かぶ禍々しい数字。


――――時間はもう残されていない。


 ティターニアは俯いたまま、肩を震わせている。

最後の希望も打ち砕かれてしまったが故に、失意に駆られているのだろうか。

少なくとも、リリーにはそう映った。


 (まだだ、まだ、なにかあるはず……!)


 それでも、きっと、助かる方法があるはずだと。

リリーは考えを巡らせる。

けれど、あらゆる手段が行き詰まりとなっている。


 (やっと、ここまで来たのに……!

 皆、死力を尽くした……!

 それなのに……こんなことって……!)


"5"


 カウントが、無情にも「0」へと近づいていく。

 終焉の兆しを告げるように、ヒビ割れた皮膚から滲み出る黒い光が、一際強く脈動する。

それは全てに終わりを(もたら)すかのように。


(わたしは助からなくても、せめて、皆だけは……!)


 その決死の願いに応えるかのように、リリーの内なる"赤い聖域"が猛る。

魂の奥底から熱を帯び、再び、炎が燃え盛るように――――


ドドドドドドドドドドド


「な、何!?」

「この音は何ですの……!?」


リリーとメリアの二人は口を揃えて言った。


 突如、大地の奥底から這い出すような重い地鳴りが響く。

その音は、世界そのものが軋むような音だった。


 それだけでは終わらない。

音が急速に近づいている。


「何だ……?」


 アスモデウスもこの音が何なのかを知らない。

その様子を見て、ティターニアは途端に顔を上げて高笑いを始めた。


「何って!! 決まっているじゃない!! お前を灼く地獄の炎に!!」


 その直後、轟音とともに、アスモデウスの足元から()()()が噴き上がる。

その業火は淀んだ空気を裂き、焼け焦げた臭いを巻き起こしながら天を目指して(はし)る。

まるで意志を持っているかのように、アスモデウスを絡め取り、逃げ場を与えずに絡みついていく。


「こ、これは、バカな!! バカなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その絶叫は、もはや絶望と遜色なく、この()()に響く最後の咆哮となった。

黒い炎は燃え盛り、アスモデウスの輪郭を侵食していく。

ただでさえ崩壊していた彼の身体は、熱に焼かれて粉々に砕かれ、ただの塵となって霧散した。


すべてが静寂に包まれる。

残るのは、未だ揺らめく黒き炎と、焦げついた残骸のみ。


「あの黒い炎は……リリー・スカーレットのものですわよね……?」


メリアからの問いかけに、リリーはゆっくりと首を振る。


「いや、あれはわたしのじゃない……」


――――黒い炎を扱える者は、もう一人いる。


背後から乾いた足音が聞こえた。


「久しぶりですね。リリー……」


 落ち着いた雰囲気を思わせる男の声だ。

リリーは驚きに満ちた瞳で振り返る。

そこには、見知った人物が立っていた。


「ライゼン師匠……! どうしてここに……?」


 師の姿を前に、信じられないというように声を震わせながら、リリーは言葉を絞り出した。

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