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86話

 メリアに抱えられ二人は無事に地上へと降り立った。


 リリーが視線を巡らせるとその場には、その場に座り込むティターニアと横になったカインの姿があった。

ティターニアの傍らで、カインは穏やかな寝息を立てている。

その表情は安らかで、深い眠りに落ちているのがわかる。

状況から察するに、引き続きティターニアが彼の傷の手当を施していたのだろう。


ティターニアは立ち上がると、三人へと近寄った。


「メリアちゃん、出迎えありがとね」


ティターニアが礼を告げると、メリアは微かに微笑みながら、首を振る。


「大したことではありませんわ」


続けて、労いの言葉が二人へと届けられる。


「それから……二人とも、お疲れさま」


それに応えるように、ワイトは軽く片手を挙げた。


「おう」


 リリーは深く頭を下げると、明るい声で言った。


「はい、先程は足場を作ってくれてありがとうございました!」

「いいのよ、いいのよ。あれぐらい、チョロいし、ね?」


 ティターニアは余裕たっぷりに笑みを浮かべた後、視線を横へと移した。


 そこには、炭のように黒く焼け焦げ、かろうじて人の形を保つ"何か"があった。

リリーは、思わず息を呑んだ後、 それが何なのか分からず尋ねた。


「あの、あれは……?」


「リリーちゃんが、いましがた全力でぶっ潰した相手……と言えば分かるかしら?」


 ティターニアの返答に、リリーは言葉を失った。


「まさか……」


 背筋を冷たい刃で撫でられたかのような悪寒が走った。


「あー……なるほど」


合点が行ったように軽く頷きながら、呟いたのはワイトだった。


「あの時、急速落下していったのは、リリーにぶちのめされたアイツだったわけか……それで、つまりこいつは完全に倒したってことでいいんだよな?」

「そこは安心していいわ。ほぼ瀕死よ……。」


ティターニアは静かに告げる。


「ただ、信じられないことにね――――まだ少し、意識が残ってるの」


 彼女はゆっくりと、一歩ずつ足を踏み出す。

焼け焦げ、無惨な姿となったアスモデウスに近づき、冷ややかに微笑んだ。


「……今、どんな気持ちかしら?」


 ティターニアの言葉に、アスモデウスは歪んだ声で応じた。


「どんナ気持チ、か……?」


 壊れた楽器のように割れた低い声が響いた。

その後、一瞬の沈黙を挟んだかと思うと、アスモデウスは狂気じみた笑い声を上げる。


「ヒャッハッハッハ……!!!」


 声が弾けるように跳ね上がり、次第に甲高く、耳障りな響きへと変わっていく。


「ハッハッハ……!!! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!! コンな愉快ナことがアルものカ!!」


 この異様な言動を見て、ワイトは静かに呟いた。


「……遂に狂っちまったか」

「狂う?」


 アスモデウスは全身を震わせながら、なおも笑いを引きずる。


「ハハハ!! 狂ってなンかいなイサ! オレは至って正常だ! ……お前ラは分かっチャいなイ!!」


 一転して、その声が低く沈む。


「オレはもうこの通りオシマイだ。この身体はもう長くは保たないだろう……だが――――」


"60"


 血のように赤く禍々しい数字が、アスモデウスの頭上で揺らめく。


「……ッ!?」


 リリーが息を呑む間もなく、一秒後には「"59"」、さらに一秒後には「"58"」へと変化していく。

それはまるで、何かのカウントダウンのようだった。


 この数字が何を意味しているのかは憶測の域を出ない。

だが、アスモデウスの現状と照らし合わせれば、嫌でも察せざるを得ない。

あの数字が0を迎えた時、最悪なことが起こる。


 次の瞬間、その証左とも言うべき一言をアスモデウスは言い放つ。


「――――お前ラも道ズれだ!!」 


その叫びは、一種の呪詛であるかのように周囲の空間に不吉な響きを刻む。


「この外道畜生! 往生際が悪すぎますわ!」


 メリアはそう言って、槍の切っ先を突き刺そうとする。

だが、アスモデウスは一切動じずに、余裕を感じさせる口調で話を続ける。


そのあまりの異様さにメリアの槍が眼前で止まる。


「オレの息の根を止メルか? ギャハハハハ!!! ムダだムダ!! コの爆弾は俺の命が潰エテも起爆するノさ!! オ前らが、オレにトドメを刺スと空かさずボンっ!! 数字が0を迎えてもボンッ!! 嘘だと思うなら試しテミるといい!! もシカシたら、助かるカもシレねーゼぇ?」


 その場にいる者たちを挑発するかのように言葉を投げつけると、アスモデウスは忌々しげにリリーを見やる。


「まァ……性質そのモノを破壊できる能力、黒い炎(ラーヴァテイン)ならどうにカ出来たかモシれないガなぁ?」


 その声はどこか楽しげで、死を目前にした者とは思えないほどの余裕を感じさせる。


「――――ダガ、生憎、真なる赤い聖域の力を発現させた代わりに、黒い炎の力は薄まっテシまったナァ? 故に、破壊するコトは不可能ダ!!」


 その後に響くのは、人の運命を弄ぶかのような圧倒的な嘲笑。

そこにはとびっきりの絶望をしかと味わおうとする狂気が含まれていた。


「仮に黒い炎を扱えたトシテもお前の有スル()()()の黒い炎じゃ、この爆弾の性質を破壊することはデキない!!」


「だったら、この場から脱出を……!」


 リリーが焦燥を滲ませながら言った。

 このナリではアスモデウスは追ってこれるとは思えない。

だったら、ポータルを通ってこの空間から退却すれば、アスモデウスは自滅することになる。

そう思って、ポータルを探すが、それらしきものが周囲には全く見当たらない。


「ポータルを探してイルンだろ? ギャッハッハッハ!! 考えガ甘いンダよ!! 逃がすワケがねェだロ!!  お前らの使ってきたポータルはモウ閉じてアる!!」


 リリーは無意識のうちに拳を強く握りしめ、メリアは悔しさを滲ませるように下唇を噛んだ。

そんな様子を見て、アスモデウスは満足げに嗤うばかりだ。


「ココは隔絶さレた異空間と化した……サぁドウスるんだぁ?」


 言葉が沈み込むように空間へと溶け、じわじわと染み渡る。

その一言だけで、場の空気はさらに重く、息苦しくなった。

そして、満足げにリリーたちの表情を舐めるように見回しながら、言い放つ。


「もウ残り40秒だゼェ~?」

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