84話
「シルフ!!!! 追加注文だ!! 俺の風の護りを解除して、<ストームケージ>に加算しろぉおおおおおお!!」
ワイトの周囲の風の加護を無くすとはすなわち、高所からの自由落下を意味している。
その無茶な要求に普段は自由気ままな風の精霊でも、考えなしに頷くことはできなかった。
――――それは出来ナイ……!! だって、マスターが死んジャウ !!――――ー
身を案じるシルフの声が脳内に響く。
普段話すことがない彼女のその叫びは痛ましいものだった。
だが、ワイトの決意は揺るぎはしない。
「それでもやらなくちゃいけない……! これがきっと最後のチャンスなんだ……! だから、頼む……俺の風の護りを解除してくれ」
不安を抱える幼子を諭すように、ワイトはシルフに言い聞かせる。
シルフから返ってきたのは、荒涼とした風のような、悲しげな響きだった。
――――マスターがいつものマスターに戻ッタ。だから、ウチは嬉しかッタ……。でも、すぐにお別れはいやダヨ……――――
シルフはワイトが元の肉体に戻ったことを喜んでいた。
だが、喜んだのも束の間、今度は命を投げ出そうとしている。
その気持ちは痛いほど理解できる。
せっかく戻ってきたのに、また失われるかもしれない不安を覚えるのは精霊とて同じだ。
だったら、シルフを安心させる必要がある。
たとえ、それを証明する術がなかったとしても。
「……心配すんな! 助かる手段はいくらでもあるんだ! 昔から嘘は吐かなかっただろ?」
あたかも助かる手段があるかのように話すワイト。
実際、助かる手段はあった。
ティターニアに何かしらの魔術で受け止めてもらうというものだ。
だが、彼女は満身創痍も良いところだ。
受け止める魔術を展開することは出来るだろうか……?
その疑念を払拭出来ていなかったのが、シルフにはお見通しだった。
――――イヤ……マスターは嘘を付いてイル……――――
その指摘に、ワイトは観念したかのように言った。
「分かった……正直に言う。助かるための確実な方法は思いついていない。それでも、なんとかなるような気がするんだ……。これじゃ、駄目か?」
次の瞬間、シルフはワイトの決意に半ば折れたような感じで言った。
――――分かッタ……ウチはマスターの言葉信ジル……――――
その言葉に心からの感謝を贈った。
「……あぁ、ありがとな」
程なくして、ワイトの周囲の風の加護が消失し、その分の魔力が<ストームケージ>に加算され、そこから脱しようとしていたアスモデウスに更なる嵐が襲いかかる。
一方、ワイトは翼をもがれた鳥のように落下し始める。
嵐の中に閉じ込められるアスモデウスの姿がどんどん遠ざかっていった。
「リリー……後は頼んだぞ――――」
◯
アスモデウスを襲ったのは、先程とは比べ物にならないほどの、まるで五感を奪い去られるかのような強烈な嵐だった。
「どいつもこいつも……! 邪魔をしやがって……!」
悪態を吐きながらも、再び、<テンペスト>を行使しようとしたところで突如、頭上から光が差した。
アスモデウスは思わず、その光を見てしまった。
嵐の真っ只中に差す一条の光。
一般的に、その光は希望の光とされることが多い。
だが、この男に差した光というのは決して希望などではない。
その光は何よりも赤い。
赤い光は急速に勢いを増していき、頭上全てを覆い尽くしていく。
神判の時は近い。
アスモデウスに焦りが募っていく。
もはや、そこに冷静な姿は微塵もなかった。
「おいおいおいおい……冗談じゃない!! あんなもの!! あんなものを受けてしまったら……!」
アスモデウスの視線の先。
流星のような赤い光の尖端にいるのは、煌々とした光を放ちながら直進するリリー・スカーレットだ。
その少女は、なんてことのない日常をある者によって壊されてしまった。
今、目の前に、日常を奪い去った元凶がいる。
それは、倒さなければいけない存在。
彼女の強い思いに呼応してか。
赤い光から、空を引き裂くかのごとく稲妻が迸る。
「お前だけは……! お前だけは――――」
力強く握りしめられた拳から、真っ赤な炎が噴出する。
その炎は、理不尽を焼き尽くすための激情、この機会を与えてくれた仲間への感謝の証。
リリーは今、自身の日常を奪い去った元凶にとっておきの一撃を喰らわせる。
今から行うことはあまりにもシンプル。
――――あとはこれをぶちかますだけだ。
「スカーレット・ジャッジメントオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
赤い聖域の業火の一撃がアスモデウスの脳天を打ち砕いた。




