81話
その時、自分ではない自分がやろうとしていたことが記憶になだれ込んでくる。
メリアがあの時、どのような状況であの言葉を伝えたのか。
手に取るように分かり、ズキリと心が痛んだ。
故に、真っ先に「ごめんネ、みンな――――」という言葉が突いて出た。
その声はひどく歪なものに感じた。
リリーは自身の声を聞いて、まだ完全には肉体が戻ってきていないと分かった。
その時、頭上で強い光を感じた。
その光のことはよく知っていた。
日常を奪い、自我すらも奪い去ろうとしたあの光だ。
だが、今のリリーは前とは違う。
「……そうやって二度のみならず三度までもわたしの日常を奪わせてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
爆発的な怒りに呼応し、真っ赤な炎が噴き上がる。
猛炎は全てを掻っ攫っていった忌々しき光を螺旋を描くように伝っていき元凶へと燃え移る。
……意識がはっきりしない。
自分の意識が至るところに散っているような奇妙な感覚に陥ったかと思いきや、瞬時に意識は覚醒する。
目の前には、よく知っている三人がいた。
その三人は口々に言う。
「ちょっと、戻ってくるのが遅すぎるぞぉー」
「よく似合っているわよ。そのドレス!」
「リリー・スカーレット……!」
この安っぽい鉄兜と鎧の人はワイト、見た目はキレイなお姉さんなんだけど実は精霊の女王のティターニアさん、それから、白銀の鎧に紅い槍……。
そんな知り合いに記憶はないが、リリーにはそれが誰なのかは分かった。
本当に元の世界に戻ってきたのだと思った。
「ごめんね、心配かけて、皆の声、しっかり届いてたよ!」
リリーは長年合っていない旧友に話しかけるように三人へ順々に声を掛けていく。
「……ティターニアさんがボロボロになっているのですが大丈夫なのですか……?」
「えぇ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう……」
「メリアはどこへ……?」
「わたくしはここに……」
「なんて、冗談ですよ。ひと目見た時から分かっていました。それにしても……なんだかすごい様変わりしましたよね……」
「それは貴方にも言える事でしょう……リリー・スカーレット……」
「ワイトは……まあいっか」
「まあいっか……って、なんだよ!」
「まあ別に何ら変わってないし……これから特大イベントが控えてるし」
「イベントって何……?」
リリー含めた四人が和気藹々と話す一方で、ただ一人だけ明らかに動揺を隠せない者がいた。
「ありえん……! そんなことが起こるはずがない……! 赤い聖域の顕現は協定違反のはずだ……!」
四人の前に姿を現したアスモデウスは、声を震わせながらそう叫んだ。
真っ赤な炎に巻かれながらも、彼の顔には火傷の一つもない。
依然としてアスモデウスの優位性は維持されているといえるが、"赤い聖域"が顕現したというのがあまりにも想定外の出来事だったのだろう。
これに対して、リリーは一歩前に出ると、力強い声で言い切った。
「その点ですが、この世界においての赤い聖域の顕現を禁止するとありますが、まず、私たちのいるこの空間は個々人が有する固有空間であるため、世界には該当しない。それから、赤い聖域の顕現の禁止とありますが、厳密に言うなら、赤い聖域の女神の顕現を禁ずる約定であるため、歴とした人間であるわたしは協定違反とはなりませんし、というか、あなたがそもそも、ちょっかいかけてきてる時点でそんなのないも同然です。正当防衛です。死に晒せ、この腐れ外道。以上、ツムギさんからの伝言でした」
「どこまでも、舐めた真似をッッッ!!!!」
アスモデウスの苛立ちが形となったかのように、大小さまざまな黒い球体が出現したかと思うと、一斉に飛びかかってきた。
「好きなようにさせない!」
リリーが皆の前に立ちはだかり、両手を前に出してドーム型のシールドを展開する。
「私が皆の盾になります! だから、剣になる人が必要なんです! ティターニアさんは満身創痍で、カインさんは戦える状態じゃない」
「では、わたくしが……」とメリアが名乗りを上げるが、リリーが片手を出してそれを制した。
「貴方の力はここぞいう時のために取っておいて」
「分かりましたわ。リリー・スカーレット」
リリーの制止を快く受け入れるメリアだが、そうなると剣の役割を担う者は一人となる。
「ってことは、俺か……? だがな、すまん……俺じゃあ、あいつは倒せないぞ……? この空間によるデバフもあるしなぁ……」
「大丈夫! ツムギさんから貴方の力の封印を解く方法を聞いてる!」
「マジか……!?」
「でも、その前に確認したいことがあるんだけど、ワイトはわたしの願いが何か分かる?」
「そんなの……『家族を取り戻したい』に決まっているだろ?」
「うん、その通り! 家族を取り戻したい! それで、今までの日常を取り戻したい! そのために、今はあいつを倒すことが必要」
「当たり前だ! あいつはこの世界にいちゃいけない奴だ……!」
「だからわたしの願いのために力を貸して!――――『アマバラライト』!!!!!!」
ワイトの体が光に包まれていき、その光はやがて球体となりワイトを包み込んだ。
頭の中に春の日差しのような暖かな声が響く。
それは聞き馴染みのある言葉だった。
「”莱斗お兄ちゃん!”」
記憶の奥底で、ある少女の声がした。
前の世界のことを思い出す。
自身の名前が天原莱斗であったこと。
どこにでもいるような普通の青年であったこと。
そして、たったひとりの大切な妹がいたということ。
「あぁ……そうか……」
欠落していた記憶の断片が補完されていく。
球体の光が霞んでいくと、そこには何ら変わらない様子の安っぽい甲冑姿をしたワイトの姿があった。




