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78話

 次の瞬間、容赦のない拳がリリーの右頬を打ちつけた。

身体が宙に浮いたかと思うと、そのまま地面を転がっていく。


「あ、ぐ、うう、あ……」


 女はゆっくりと近づくと、呻き声を上げながら地面に寝転がっているリリーの髪を掴み上げる。

自身の顔の前まで持ち上げると、冷めた口調で女は言った。


「こんなものですか?」


 リリーの返事を聞く間もなく、腹部に数発叩き込んだかと思うと、とどめと言わんばかりに顔面に回し蹴りをお見舞いする。

リリーの身体は女の手から離れ、再び、ボロ雑巾のようになりながら地面を転がっていき、止まったかと思うと動かなくなった。

もう動けなかった。


 ラーヴァテインの自己強化されあれば、万が一にも勝てる見込みはあると思っていたリリーであったが、現実にはラーヴァテインを使えるどころか、自分よりも遥かに強いあの赤いドレスの女がその力を使用している始末。


 これでは戦いなどではなく、一方的な蹂躙。

ワンサイドゲームだと言える。

黒い炎を扱えないリリーはただの少女であり、能力面から戦闘面までありとあらゆる面において女に分があった。


 リリーの身体は動かない。

痛くないところがない。

口の中は血の味しかしない。


 意識がかすれていく中、遠き日の記憶が走馬灯のように流れていく。



 師は家族を無くしたわたしに生きるための術として戦い方を教えてくれた。

師との特訓は厳しいものであった。

血を流すようなこともあったけれど、ここまでのことは起きなかった。

今にして思えば、師はきっと優しかったのだろう。


 それから程なくしてラーヴァテインという力を授かり、この力にはアンデッドに対しての特攻能力があるという説明を受けた。

自身の父親の最期は既に知っていたため、屍竜のままこの世を彷徨い続ける父を終わらせることが出来ると思った。

そして、それこそが自分の責務だと思った。

そうして、長い旅が始まった。


"赤い聖域"


 冒険者協会に登録してからしばらくして、いつからかそういう二つ名が付いていた。

自分は赤髪であり、アンデッドには特に強かったからそう呼ばれるようになったんだと思う。


 でも、これは師から受け継いだ力が凄いだけの話。

別に、わたしが凄いわけではない。

この力が無いわたしはこの通り。

何も出来ず、何も抗えず、ただこうして寝転がっているだけ。


 ごめんね、メリア。

わたしは貴方が思っているほど、強くはない。

ライバルだなんて……そもそも、わたしに務まるはずがなかったんだよ。



 リリーの全身を諦観が満たしていく。

圧倒的な存在を前にしてもなお、心を折られずに意志を貫き通すというのは生半可な行いではない。

現に、彼女は自分で自分に見切りをつけて、全てを諦めようとしている。


 底の見えない漆黒の中に身投げしようとしたその時、彼女は、踏みとどまる。


――――本当に、それでいいのだろうかと。


 誰かに終わらせられるというのなら、それはもう仕方がない。

だけど、まだわたしは完全に終わってはいないのに、自分から終わらせようとしている。


 そのような逃げが許されていいわけがない……。

 メリアの決死の叫びを聞いて、自分の想いから逃げないと決めたはずなのに、わたしはすぐにこうやって逃げようとしている。


 わたしは立ち上がらないといけない。

 勝てるとか勝てないとかじゃなくて、わたしのことを待ってくれている人たちのために立ち上がらないと――――


 閉じた瞳がゆっくりと開かれる。

身体を動かそうとすると、痛みが走る。

それでも、動かせないというわけではない。


 リリーはフラつきながらもかろうじて立ち上がる。

足は生まれたての子羊のように震えていて、シスター服のいたるところが血と泥に塗れ、視界もはっきりしない。

ただ、目の前に女がいるのがぼんやりと見えているだけだ。


女の口が開く。


「そのような状態でまだ立ち上がるのですか……貴方では私には勝てない……それを思い知ったと思ったのですが」


冷たい視線を向けられながらも、リリーは一切動じずに自分の想いを伝える。


「わた、し、は弱くって、すぐに、逃げよう、として……ホントに、どう、しようも、ないけど――――」


そう言って、前を見据えたリリーの目の前に冷酷な表情のまま再び拳を叩き込もうとする女の姿があった。


防御の姿勢すら取る間もなく、女の拳がみぞおちに直撃。

直後、女の拳からラーヴァテインの黒い炎が噴き出し、リリーの体へと燃え移っていく。


全身を覆い尽くさんとする炎。

命の輝きを知らない、破壊しか知らない黒い炎。

それは瞬く間に全身へと燃え広がる。


「あぁ、う、ぐ、あっあああああああああああああああああああ!!」


 再び、激痛に包まれる。

痛みに意識が潰されるのも時間の問題だった。

女は今にも燃えてなくなりそうな少女になおも、冷めきった視線を向ける。


「……万物に破滅を与える黒い炎。貴方の師に当たる人物はその力を格落ちさせたものを伝授しました。私の使う力は極めて原点に近い力ですが、はたして耐えられるでしょうか?」


 目の前の少女は俯いたまま返答はない。

黒い炎に包まれた少女をそのままにその場から離れようとした女は拳が動かないことに気付いた。

その理由は至極単純だった。


リリーが両手で爪が食い込むほどに腕を強く掴んでいたからだ。

それはまるで目の前の女を決して逃がさないかのように。


リリーは顔を上げて、女に向かって叫ぶ。

「わたしに、は、やらなければ、ならない、ことがある!! 皆が、皆が!!! わたしを待っている!!」


 こことは違う別のところから必死に自分のことを呼んでくれた。

呼び覚ましてくれた。

そんな無二の友のために、今まで自分を大切に思ってくれた人のために、こんなところでくたばるわけにはいかない。

足踏みをしているわけにはいかない。

行かなければいけない。

彼らの元へと。

友の元へと。


力強い眼差しで睨みつける。

その眼差しに怯むことなく、女は無表情のままリリーを見つめている。


――――その時だ。


「ん……?」


 黒い炎の異変に気付いた。

リリーの胸の辺りからじわりじわりと赤く色付いていくものがある。

生命の輝きを知らない破壊の黒い炎が、赤く、紅く、朱く、命を煌々と燃やすような赤い輝きに染まっていく。


 これが一体、何なのかは分からない。

 けれど、とても大きな力を感じた。


「貴方が何者かは分からない……! でも、この一撃だけは受けてもらう」

「そうですか。……ならば、こちらも全力で――――」


 黒い炎が女の左腕に集約していく。

その炎に呼応するかのように、赤い炎がリリーの右腕に集約していく。

かつてないほどの胸の高まりを感じていた。

それは全身を覆い尽くす痛みすらも吹き飛ばすほどの胸の高まり。


「これは、これからもわたしがわたしであるために――――」


 左手で女の右腕を掴んだまま、リリーが右手を引く。

渾身の一撃が放たれようとするその時、足元から赤い輝きの大魔法陣が高速展開される。

リリーにとってこの魔法陣は大技を放つ時には当たり前のように展開されているものであったため、気にも留めたことはなかった。

だが、ここで初めて分かったことがある。


 これは、ラーヴァテインによるものではないと。

 もっと別の力なのだと。


「わたしのことを信じてくれる皆のために――――」


 リリーの想いの高まりに応えるかのように魔法陣はバチバチと激しく火花を散らし、瞳は黒色から綺羅星のように輝ける赤色へと変化する。


「そして、あの日の日常を取り戻すための最初の一撃だ!!!!!!」


 その刹那、頭の中に言葉が独りでに浮かんでくる。

こんなことは初めてだった。

リリーは一切、迷わずにその言葉をそのまま口に出した。


「――――真 な る(トゥルー・)赤い(スカーレット・)聖域(サンクチュアリ)!!!!!!!!」


 爛々と煌めく太陽のような輝きを宿した渾身の一撃が目の前の女に繰り出される。

この烈火の一撃を迎え打つべく女の左手からも集約した黒い炎と共に破滅の一撃が繰り出された。


「――――世 界 の(デッド・エンド)終焉(・ラーヴァテイン)


 相対する二つの炎、赤い炎と黒い炎が衝突したその瞬間、強烈な閃光に包まれる。

その刹那、リリーの瞳に映る赤いドレスの女は何故か、とても満足をしているかのような表情をしていた。

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