74話
「何故、ここにブリュンヒルドが――――」
「その者が何者であったのかは存じ上げませんが……。今、やるべきことはただ一つ――――貴様を倒し、大切な友人を救う」
強い決意を宿した瞳をそのままに、槍の穂先を向けたかと思うと、間髪入れずに攻撃を仕掛ける。
「くっ……!! お前……! あの小娘か!」
アスモデウスは応戦するがその表情は今までの涼しげな表情とは一変し、額に汗を滲ませ、焦りが垣間見えている。
メリアは息を吐く暇もない槍による波状攻撃を繰り出しながらも、その理由に勘付いていた。
「裏目に出ましたわね。この空間内での特性が」
ティターニアもワイトも自身の遥か上を行く実力者だということをメリアは分かっていた。
そして、この男はそんな二人をまるで赤子かのように相手取っていた。
つまり、その二人以上の力を有していると考えられる。
だが、<戦乙女形態>を加味しても、その二人を圧倒していたアスモデウスをメリアは今、事実として圧している。
ということは、この空間内にはまだもう一つ特性が存在するからに他ならない。
それは、特定の力を引き下げるのみならず、特定の力を引き上げる特性。
「槍は元々得意でしたが、数年ぶりに扱う割にはこれはちょっと……身体が軽すぎますわ、ねッッ!」
メリアの持つ赤い槍がアスモデウスの左胸心臓目掛け一直線に走るが、すんでのところで黒い剣によって払い除けられてしまう。
「さすがに、予想外ですよ。こちら側の女神の力と同じ力を有するものがいるとは……!」
「相手の力を下げ、自分の力を引き上げる……蹂躙の限りを尽くさんとした―――それはなんと卑劣であり卑怯なのでしょう……」
「ぐ、舐めた口をきかないでいただきたい。私を怒らせると……どうなるか分かっているのでしょうか」
「お手本のような三下のセリフですわねぇ……」
「まあ、いいです。直にその顔が絶望で歪むのですから」
「いいえ、その前にテメェの顔面に穴がぶち空くのが先ですわ!!」
そう言うと、流れるような動作で槍を投擲した。
投擲槍による一撃はアスモデウスの不意を突いたのか。
一切の防御姿勢を取らないまま、眉間に突き刺さる。
だが、頭に槍が刺さったまま、整った顔立ちの唇が歪む。
「よく考えてみると……1対3も卑怯だと思うのですがね」
そう言い残すと、靄になって消えてしまった。
メリアの脳内で、瞬時にある可能性が湧いて出た。
カインを再利用するのではないか。
「カイン……!?」
急いで周囲に視線を巡らせると、ある者のそばに立っていた。
それはカイン――――ではなく、リリー・スカーレットだった。
「あの男は用済みなので、もう使用しませんよ。というか、こっちの方が面白そうなので。助けたかった者に嬲られる……というのは最高の見世物だとは思いませんか」?
「やめなさい!!!!!!!!!!!!!」
「ハハハハハ!! いい顔ですねぇ!!」
アスモデウスはリリーに向けて、瞬時に手を翳す。
もう間に合わない。
その手から、ギラギラとした禍々しく強烈な光が放射される。
その時、リリーとアスモデウスの間に割って入る女の姿があった。
「私のことを忘れないでくれるかしら?――――セイントシールド」
その女はティターニアだ。
金色の縁を有した丸く大きな鏡のような盾が展開される。
「お前はそれで防いだようだが、残念ながら――――」
「グアアアアアアアア!!!!!!」
瞬間、リリーは顔を歪め悲痛な叫びを上げ始めた。
ティターニアの中に焦りと疑問が沸き起こる。
あの光は確実に防いだはずなのに……と。
「リリーちゃん!?」
「グガァァァアアア!!!!!!」
なおも続く痛ましい叫びに思わず意識が持って行かれてしまうティターニア。
その隙をアスモデウスは逃さなかった。
「いくらシールドを張っているとはいえ、目の前に敵がいるというのによそ見をするもんじゃありませんよ?」
「くっ……!」
ティターニアが展開した盾に黒の大剣が突き刺さる。
形状を維持できなくなった盾は割れて粉々となり、ティターニアはリリーの元から退避せざるを得なくなった。
最悪なのは、今まで沈黙を保ってきたリリーだが、ここに来て、急速に異形化が進行しはじめたということだ。
叫びを上げながら、肉体が変化していき、虚ろな瞳をした人型の竜へと変貌を遂げてしまった。
もはや、そこにリリー・スカーレットの面影はない。
あれが元は人間であったなどと誰が思うのだろう。
「要はアレです。タイムリミットですよ。この娘の心はもう食い尽くされた。つまり、貴方たちの敗北が確定したというわけですね。では、私は見物しているので、存分に蹂躙してください」
その言葉に応じるように、これまで一切動きを見せなかったリリーが虚な瞳のまま、メリアたちに向かって動き出す。
今の彼女に人の心があるとは思えない。
アスモデウスの言う通り、心はとうに食い尽くされてしまったのか。
そんなわけがない……!
そう思って、異形と化したリリーに向かって走り出す者がいた。
「リリー・スカーレット!!!!」
それはメリアだった。
その名を呼んだ直後、リリーの身体が一瞬ぴたっと止まる。
「思い出しなさい! 貴方の願いを! 貴方の想いを!」
「グ、グゥアアアアアアアアアアアアアアアあああ!!!!」
その言葉を拒絶するかのように、肥大化した竜の腕で、メリアを叩き潰そうとする。
メリアの決死の叫びは捨て身だった上に、予想以上にリリーの動きは素早い。
このままでは、潰されてしまうが、その現実は訪れなかった。
すんでのところで、ワイトが護りに入ったからだ。
だが、圧倒的な質量の差に、細身の剣はキリキリと悲鳴を上げている。
「さすが暴力シスター!! なかなかのパワーだ!! だけどなぁ、その力……!! 友達潰すために使っちゃいけねぇだろうが!!」
歯を食いしばりながら、必死に耐え続けるワイトは、声を張り上げた。




