73話
その疑問に答えるように、メリアは言った。
「わたくしには、過去に自ら手放した力がありますの」
恐怖がないわけではない。
不安がないわけでもない。
この力によってまた過去と同じ過ちを犯すかもしれない。
それでも、わたくしを護ってくれた人たちに報いるために、
そして、無二の友を救うために、八年ぶりにその力に手を伸ばす。
「これは己がためではなく誰がために、大切な人を一人残らず護れるように、またいつもと変わらぬ日常を送れるように……我が魂に紐付けられし忌まわしき力よ。今こそその力、解放し、万物の護り手とならん! 天に響け!<戦乙女の喚び声>!!!!」
その叫びに応じてか。
どこからともなく純白の羽が集まり、それはやがて大きな両翼となってメリアの姿を包み隠していく。
翼の隙間から漏れ出すのは黄金の光。
やがて、包み隠していた両翼が解かれていく。
そこには全身を白い甲冑で身を包み、一本の紅い槍を携えた存在。
雪原に咲く一輪の花のような白銀の戦乙女が姿を現した。
その姿に、ティターニアはその姿に見覚えがあった。
100年前のあの戦いで、アンヴィー率いる転生者の一人、序列第四位<ブリュンヒルド>が使用していた力であり、同じ姿をした転生者と一戦交えたことがあったからだ。
「その姿は戦乙女形態……!?」
「そういう名称がありましたのね……」
「どうして、貴方がそれを!? 貴方は雪薔薇の力を継承した――――」
「実はわたくし、スノウローズの家の者ではないですの」
「え……」
「記憶にはありませんが、幼い時に街道で倒れているのを兄上に助けられたそうです。ややあって、わたくしはスノウローズ家の者として生きていくことになりましたが――――」
その後、メリアは簡潔に話した。
兄に助けられた数年後、力が暴走して自分を抑えられなくなり、この力で兄に手をかけてしまったこと。
暴走した自分を制した後に兄は雪薔薇には鎮静作用があると言って、快く雪薔薇の力を譲り渡したのだと。
兄の言う通り、雪薔薇の力を譲り受けてからは、その衝動に苛まれる事は無くなった。
つまり、雪薔薇の力は兄ライオネルが有していたということであり、養子であるメリアがその力を持っていたのは力の継承を行ったからなのだと。
ティターニアは想像を超える出来事に驚嘆していた。
「そんなことが……」
「わたくしの本当の両親は誰なのか、生まれはどこなのか、それは今でも分かりません。けれども、兄上に出会えたことは幸運であったと思います」
それはどこか誇らしげだった。
「話を元に戻しますわ。この空間内がこの世界に準拠する力に対して、有利に働くように出来ていると言うのなら、この力はその影響を受けない。そうですわよね?」
「その通り! あいつの言っていることが本当ならそれで問題ないはず」
「分かりました。ただ、気になるのは妙に身体が軽いこと……あの輩、まだ話していないことがあるらしい」
何か含みを持たせた物言いをすると、一条の光となってアスモデウスと応戦しているワイトの元へと援護に向かった。
その光を眺めたままティターニアはメリアが言い残したことを反芻する。
『"ただ、気になるのは妙に身体が軽いこと"』
少し考えて、ある仮説が成り立った。
それはこの空間に対すること。
アスモデウスはこの世界に準拠する力を制限すると言っていた。
現に、それによって苦戦を強いられているのは事実だ。
ただ、メリアの発言を付け加えると、この空間には特定の力を引き上げる効果もあるのではないかと。
そう、それは例えば、この世界に該当しない力を向上させるかのような――――
◯
「ハハハハハ!!! 弱い!!!! 弱いですねぇ!!! あの歴戦の英雄ゼロがこの脆弱さとは!!」
「すげぇムカつくけど、事実だから仕方ないわな……」
ワイトは目にもとまらぬ速度で繰り出される無数の斬撃を必死に捌いているが、圧倒的なまでの力の差があることを痛感していた。
こうなることは分かっていた。
だからこそ、ティターニアにはメリアと一緒にこの空間から逃れることを提案したのだ。
分の悪い賭けに乗って全滅しては元も子もない。
「そろそろ、終わりにしましょうかねぇ……!」
アスモデウスの持つ大剣に真っ黒な魔力が集約していく。
これをまともに受けてはマズイとその場から離れようとするが、距離を取る前にその一撃がワイトに襲いかかる。
あまりにも重い一撃を受けて、いなしきれずに体勢を崩され、地面に叩き伏せられるワイト。
細身の剣は手元を離れてしまっている。
そして、悠然と着地し、漫然と自身を見下ろすアスモデウスの姿。
大剣の尖端を垂直に構えて、今まさに突き刺そうとしている。
「あー、くそっ……!」
その時だった。
アスモデウスに鋭い殺意を宿した一条の光が飛び込んだ。
突然の襲撃に、突き刺そうとしていた剣で応戦するが、想像を超える威力により、その手の剣が弾き飛ばされる。
後方へと飛び退いたのと一緒に、弾き飛ばされた剣は、ブーメランのように弧を描いて、主の元へと戻っていく。
そうして、ワイトの側に立つ白銀の戦乙女の姿を見据えた時。
目を見開いて喫驚する。
――――そんなバカなと。




