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7話

「ヘーラ! 援護を頼んだ!」

「ちょっと、兄上! マナがまだ十分には――――」


 ヘーラの言葉に耳を貸さずに、クレスは即座に詠唱を開始する。


「――――大いなる風の精霊よ。地に立つ者に天を目指す翼を授けよ『エアロウイング』」


 歩廊から飛び降りながら詠唱を終えたクレスの身体はそのまま地面に着地するのではなく、ふわりと浮き上がった。

その様子は見えない翼があるかのようであったが、クレスはいつもに比べ幾分重いと感じた。

その理由は明白だった。


「空気中のマナが少し足りてねぇな……。ま、飛べねぇよりはマシだな」


 十全の効果ではないと理解しつつも、視線の先にいる少女を救うべく屍巨人の右手に向かって一直線に飛んでいく。


直後、「()ぇーー!!!」という勇ましい掛け声が響いたかと思うと、弧を描くようにして


 無数の矢が屍巨人に襲い掛かる。

その矢先は輝いていた。

光属性を帯びているためだ。


 だが、それは魔術で生成した矢ではない。

マナを少しでも節約するために、木の矢の先端に光属性を付着させていたのだ。


「いいねぇ!」と唸りながら、クレスは速度を上げる。


 いくら曲射気味に矢を放たれているとはいえ、普通は誤射を警戒するはずなのだが、クレスは一切その心配をしていなかった。

 実際、矢が当たっているものもあるのだがかすり傷ひとつ負っていない。

それは鎧によるものではなく、浮遊魔術を行使したあのタイミングで、ヘーラが投擲物緩和魔術<プロテクト:スローイング>を既にかけていたからだ。


「本当は無効化の方が良かったのですが……。頼むから、無茶だけはしないでくださいよ、兄上」

ヘーラの中に「きっと上手くいく……」と信じたい気持ちはある。


 だが、単騎で突撃した兄の姿を見て、不安な気持ちが込み上げてくる。

確かに援護射撃はあるのだが、それが屍巨人に有効なのかが定かではない。

 その上、何より効いている様子が見られない。

 ヘーラが一抹の不安を覚えるのもおかしくはなかった。


 妹の不安をよそに、クレスは拍子抜けするほどに順調に距離を詰めていた。

そして、リリーの元まであと少しといったところで、突如、巨大な何かに叩き落とされる。


「いってぇ……なぁ!」と起き上がるが、再度、また何かが頭上に振ってきた。

クレスは両手剣を盾に凌いだ時に気付く。


「腕か……?」


それは屍巨人の3本目の腕であった。


「こんなことしてる場合じゃねぇってのによぉ!!」


 怒声と共に屍巨人の腕を押し上げて、再び頭上から襲い掛かってきたところを真っ二つに両断した。

ドス黒い血が辺りにまき散らされる。


 一刻も早くリリーの元へと向かおうと、走りながら頭上を仰ぎ見た時、驚愕した。

 切断した腕がもう再生している。

それどころか、四本目の腕まで生えている。

そのうちの1本はリリーを掴んだままだ。


では、残りの3本は――――


 途端、巨大な拳が目に飛び込んでくるが、これをまず切り伏せる。


 すると、息つく間もなく二本目の拳が再度、頭上から迫りくる。


「……でけぇ拳だが、方向が分かっていりゃあどうにでもなる」


 攻撃の方向さえ分かっていればどれだけ巨大だろうが対処に困ることはない。

それはクレイが一兵卒であった頃の経験に基づく理念であった。


 そして、即座に再生した腕による頭上からの攻撃を側方に飛んで回避したところ、予想だにもしない()()からの攻撃が加わる。

何が起こったのか理解出来ないままに前方へと吹っ飛ばされる。


「バカ、な……!」


 全身を強く打ち付けながら地面を転がり続けてやがて静止した。

鎧はところどころ砕けており、その衝撃の凄まじさを物語っている。


 クレスは頭部から出血をしているが、本人はさほど気にすることなく「痛ってぇなぁ……」とだけ呟き、すぐさま立ち上がった。

頭痛が酷い。


 耳鳴りがひどく音が聞こえにくい上、額から流れ出した血によって視界が赤く見える。

そんな状態でも、前方100m先の北門が目に入った。


 今もなお、矢を放ち続けている王国の兵士たち。

なんだか歩廊の上がやけに騒々しい。

歩廊にいるものが身振り手振りで必死に何かを訴えようとしている。


 キーンとする耳鳴りの中、僅かながら妹の声が聞こえた。


「うえ……にげ――――」


そういえば、奴はどこへ行ったと辺りを探ろうとしたその瞬間に気付いた。

自分が立っている場所が陰になっていることを。


即座に頭を上へと向ける。

そこには何もかもを均してしまいそうな巨大な足が迫ってくるのが見えた。


「チッ……!」


 その場から一刻も早く離脱しようとしたところ、砕けた鎧の隙間に僅かながら風圧を感じる。

そのおかげで背後からの急襲を間一髪、察知して避けることが出来た。


 通り過ぎて行くそれを見て、あの不意打ちの正体が分かった。


あれは奴の腕だ。


「ああ、そうか。そんなことか……」


 屍巨人の腕は伸縮可能であったという事実。

考えてみればそうだ。

腕は立ち上がったままでは普通、地面には届かないはずなのだ。

――――伸びたりしない限りは。


 死角に腕を伸ばして奇襲を行っただけ。


「はぁ……」


 そんな単純な可能性さえ考慮出来なかった自身の脇の甘さに思わずため息を吐いた。


 クレスはもう一つ致命的なミスを犯していた。

そうせざるを得なかったとはいえ、腕を避けてしまったがために、踏み付け(スタンプ)の範囲から逃れることが完全に出来なくなってしまった。


 避けようにも身体がもはや言うことを聞かないのだ。

腕の攻撃を避けるので精一杯だったのだろう。


 防ごうにしても両手剣は手元から消えてしまっている。

吹っ飛ばされた時に手元から離れてしまったようだ。



「すまんな、陛下――――」


 上から迫りくる死を前にしクレスはそれを睨む。

睨み続ける。

目を背けながら死ぬことは騎士としての矜持が許さない。


故に、目撃した――――


 突如として黒い炎に巻かれた屍巨人の姿を。

自身を踏み潰さんとしていたあの足が明後日の方向に投げ出されている光景を。

体勢を崩して大きな地響きと共に無様に転がった屍巨人を背後にして、軽やかに平然と着地するリリー・スカーレットの姿を。


「専守防衛とお願いしたはずなのですが、そのお気持ちは嬉しいです……」

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