66話
ただ白いだけのだだっ広い空間に足を踏み入れたのは二人のみだった。
転移して早々、異変に気づいたティターニアが声を荒げる。
「最悪、ジャミングされた! ワイトが外された!」
「あの方は大丈夫ですの!?」
「そこは問題ない! 単にこっちに来られなかったってだけだから! でも――――」
メリアにはそう言って俯いた彼女の言わんとしていることが伝わった。
リリー・スカーレットを攫った敵は強大であり、自分が付いてこられたのはあの殿方が付いてくることが決まっていたため、ここにいない以上、自分は足手纏い以外の何者でもない。
「……どうせ弾かれるのなら、わたくしの方がよかったでしょうに」
「悲観的になるのは結構、でも、起こってしまったことを悔いても仕方がないわ」
ティターニアから嗜められ、その通りだと頷く。
「申し訳ないですわ……」
「別に責めるつもりはないの。ただ、気だけはしっかり持っておかないとね。リリーちゃんを連れ戻すのでしょう?」
メリアはこくりと頷いた。
二人の前方、そう遠くはない所にリリーの姿らしきものが見えた。
直立不動のままぴくりともうごかない。
角が生え、龍のような翼が生え、身体が一回り大きくなってしまっているが、かろうじてリリーの面影は残っていた。
「あれはリリー・スカーレット! わたくしの知っている姿と大きく変わってしまっているのが少し気になりますが、急いで救出して戻りましょう!」
「そうしたいところだけど――――」
ティターニアは辺りを見回す。
あまりに無機質な白い空間。
収納空間であることは間違いないが、その主がいないことを不気味に感じていた。
どこかで罠にかかるのを嬉々として待ち侘びているように思えてならない。
考えを巡らせていると、立ち尽くすリリーの少し間を置いた右の方で、何者かが倒れているのが見えた。
「……待って、あそこ誰か倒れてない?」
「本当ですわ……あの方もまた攫われたうちの一人なのでしょうか……」
「おそらくね……。それで、どうする? 鬼の居ぬ間に……じゃないけどこのまま真っ直ぐリリーちゃんを回収する? 時間はかけないほうが良いわ」
「確かに、その通りですが、例えそれが見ず知らずの赤の他人であったとしても、ここは助けるのが道理だと思いますわ」
「正解よ。本当にどうしようもない場合ならともかく、今はまだ見捨てるべき段階ではない。それに――――」
「それに?」
「なんだか最低の二択を強いられているような気がしてならない」
「それは一体、どういう……?」
「ただの予感よ。気にしないで、さ、行きましょ」
ティターニアが先導し、倒れている人の元へと向かった。
その間、細心の注意を払って接近したが、遂に何も起こることはなかった。
「この犬耳といい、尻尾といい見た感じ獣人だけど、人の要素が強いわね……ハーフなのかしら?」
ティターニアはその姿に見覚えはなくただの獣人のハーフとして判断を下していたが、メリアは違った。
その顔には見覚えがあった。
唾棄すべきものを見るような冷たい視線でカインを見下ろしている。
「信じられない……カインですわ。 はぁ……来て損しました」
「知り合い? カインって? 待って、今、変なこと言わなかった?」
「率直な感想を述べたまでですわ。この男に関して言うのなら、王都内で多発していたアンデッド出現事件の首謀者と思しき人物と連んでいた小悪党ですわ……。何故、獣人のような姿になっているのか気になりますが……ちょっと、起こしてみますわ」
そう言うとメリアは寝たままのカインに対して、無言でペチペチペチペチと往復ビンタを開始した。
この光景にティターニアが慌てて止めに入る。
「いきなりひどくない!? メリアちゃんそういう子だっけ!?」
「何ら問題ありませんわ。この男の犯した罪に比べればこの程度かわいいもんですわ」
「なんかちょっと憎しみ込めすぎじゃない?」
程なくして、「う……」とカインから声が漏れるやいなや一息つく間も無く「何がありましたの? 答えなさい」と尋問官ばりの抑揚のない声で問いただす。
「うぅ……」
「話せる状態じゃないようですわ……」
「それはあなたが頬を叩きすぎたからというわけじゃないわよね?」
ティターニアの指摘にハッとしてカインの顔を凝視するメリア。
両頬が赤く腫れ上がっている。
「たぶん、違いますわ」
「そう、それならよか――――」
カインの目が気だるげに開こうとした次の瞬間、怒声をあげた。
「上だッッッッッッッッッッッ!!!!」
二人が上を向くと、苦悶に喘ぐ死者の顔がところかしこに存在する歪な球体が急速落下してきていた。
ティターニアは瞬時に、両手を頭上に上げて、素早く魔術を行使する。
「マナナンズシールド……!」




