64話
この世界に元よりいた神がいなくなったのは500年前。
それから400年が経過した時、つまり、100年前の話になる。
この世界に二体の女神がほぼ同時期に降臨した。
先に降臨したのは"ツムギ"
燃えるような赤い瞳が特徴の長身の女性よ。
彼女は後に赤い聖域の女神と呼ばれることになり、私の良き友人でもあった。
温厚な性格であり、神のような尊大さは無く、どちらかというと人のような感じだった。
ただ、魔力量のみは常軌を逸しており、世界をいくつも飛び越えてきたのも頷けた。
存在規模だけでいうのなら、神に匹敵したというわけね。
それから、暫くして、別の世界から降臨したもう一人の女神である”アンヴィー”。
彼女は前髪を水平に切りそろえた真っ黒な髪をした少女のような姿をしていたわ。
魔力量に関しては、ツムギと同等かもしくはそれ以上あったかもしれない。
出会った当時から、友好的な関係を築くことは不可能に等しかった。
何故なら、彼女の目的はこの世界のリセット。
生きとし生けるもの全てを作り変えることが目的だった。
それは即ち、この世界の終焉を意味している。
今ある生活をアンヴィーから守るために、ツムギは協力してくれると言ってくれた。
こうして、始まったのが女神大戦。
歴史の裏側で繰り広げられた争いよ。
ツムギは世界が疲弊するのを防ぐために魔力リソースを割いていた。
だから、転移者の召喚は一人しかできなかった。
その一人というのがゼロ。
一方、アンヴィーの魔力量は凄まじく12体の転移者を容赦なく送り込んできた。
それは劣勢も劣勢であり、いつ負けてもおかしくない負け戦とも言える状況だったけれど、それを相手に八面六臂の活躍でゼロは転移者を一人また一人と撃退し続けた。
その転移者の中にはゼロの味方になってくれた者もおり、ツムギの勢力とエンヴィーの勢力が拮抗するレベルまで持ち込めた。
けれど、あの日、ゼロは序列一位の転移者<アスモデウス>との戦闘で、致命的な一撃を許してしまった。
それは人体に負のエネルギーを打ち込む禁術<ネクロプリズム>
ゼロの肉体は生きながらにして、ゆっくりと腐り始めた。
そんな状態になっても転移者との戦闘は続く。
生き地獄に苦しむゼロの身を案じたツムギはある行動に出る。
アンヴィーに交渉を持ちかけた。
その交渉とはこの戦いを終わらせること。
その時の条件には、世界のリセットの破棄、両陣営への攻撃禁止。
アンヴィー側も消耗はしているが、この条件を呑むとは思えなかった。
旨味がなさ過ぎたから。
ツムギはアンヴィーが居城としていた、かつての神々が暮らしていたとされる不可視の空域に存在する天空城<アルカディア>へと単身向かった。
私も同席したけど、交渉の場である開闢の間に入ることは出来なかった。
けれど、心配は杞憂であったかのようにこの交渉は成功に終わる。
世界のリセットも両陣営の攻撃禁止の約定も取り付けることが出来た。
あまりにも上手く行ったものだから、ツムギはアンヴィーに尋ねた。
「何故、条件を呑むことにしたのか」と。
すると、アンヴィーはこのように答えたそうよ。
「お前は世界の保護のために自身の魔力を削っていた――――その優位性を以てしても、五分の状態まで持ち込まれたのであれば、遅かれ早かれ負けるのは私の方だ。それにも関わらず、この戦いを続けてしまったのは私の未熟さ故。私が愚かだった」
こうして、両女神陣営による戦いは一旦は終止符が打たれた。
その後、ツムギは、もはや人の姿を保てなくなったゼロをマナ濃度の強い聖域。
人間からは嘆きの森だったり迷いの森と呼ばれて恐れられている森ね。
そこに封印することにした。
遥か未来に全身を負のエネルギーに侵食されたゼロの身体が元に戻ることを信じて。




