63話
「リリーちゃんがいなくなったって本当!?」
あまりの衝撃に酔いが吹き飛んだティターニアの声が酒場<ブルーオーシャン>に響き渡る。
「あぁ、急に目の前からいなくなったんだ……蝋燭の火がかき消されるみてぇにフッと消えやがった」
「わたくしもその場にいましたが……全く同じ感想を抱きました。おそらく、転移魔術の一種だと思われるのですが……一切の気配もなかったですわ。術者は高度な魔術に精通していることは間違いないかと……」
「メリアちゃんの言っていることは概ね、合っていると思う……転移魔術は多くの魔力を消費するから、予兆はあるはずなんだけど……。まあ、そんなこと考えても仕方ないか……! ちょっと、待ってね! リリーちゃんの場所は捕捉できるから」
そう言うと、酒場内の壁の前に立ち、軽く何かを口ずさんだかと思うと、壁に王都のマップが展開された。
捕捉しようとするティターニアの後ろからメリアの驚きの声が飛ぶ。
「まさか、お分かりになるのですか?」
「ええ、リリーちゃんに渡した髪飾りには私の魔力の一部が込められているの。それを探知すれば、このマップに表示される」
そう言うとティターニアはこめかみに指を当て、魔力探知を開始した。
ワイトが思わず声を出した。
「GPSみたいなもんか!」
「ジーピーエス……とは?」
聞き慣れない単語にメリアが首を傾げると、探知を続けている最中のティターニアが言った。
「コイツはこことは違う異世界の人間だから……たまに変なこと言うのよ」
「異世界の人間ですか……そうですか……」
それはメリアにとっては衝撃の事実だったが、度重なる暴露の連続にすっかり慣れてしまい、もはや、呆れたといった様子で生返事をしてしまう。
一方のワイトはティターニアの発言に異議を申し立てる。
「おい、変なことって何だ。変なことって……。てか、その髪飾りを付けてる限りリリーの位置情報丸わかりってことだろ? それってストーカー……」
「はい、ストップ。決して、ストーカーなどではないので悪しからず。幼気な女の子に何かあったら大変ですから? そうこれは愛故に仕方なく、そう仕方なく……!」
ワイトの指摘に何も悪びれることなく、というよりむしろ開き直っているティターニア。
そんなティターニアに真顔で問い質す金髪の少女。
「本当ですの?」
疑いの目を向けられているティターニアの顔色が変わる。
「え――――」
「いやいや、ティターニアさんや、さすがに、凹みすぎなんじゃないの!?」とワイトがツッコむが、どうやら、その表情の変化はメリアの発言が原因ではないようだ。
「そうじゃないの。その、ちょっと想定外なことが起こってて……」
顔を強張らせたまま、奥歯にものが挟まっているかのような物言いをする。
「まさか、なかったのか……?」
「いや、微弱だけど反応はあるのよ……。でも、これ、別の空間に通じているわ――――」
ティターニアがマップを指さす。
そこにはほんのりと赤い反応が見受けられた。
「リリースカーレットは異空間に捕えられているということですの!?」
「いや、正確には、これはもっと別の言葉で知られている。収納魔術って分かるわよね?」
「物をしまうのに使える便利な魔術ですわよね、それが……?」
「収納魔術も言ってみれば、一種の空間生成魔術なの。自身の魔力と技量に比例するから、普通はあくまでコンパクトだし、あまり大きなものは入らない。でも、逆に言えば、それだけの力があれば、家どころか城一つがすっぽり収まる規模の異空間を生成することが可能ということ」
「まさか……」
「えぇ、リリーちゃんはその中に閉じ込められている……深くは説明は出来ないのだけれど、私の想定しうる最悪の敵に捕まった可能性が高い……まさか、ここまでの実力行使をしてくるとは……」
「相手が何であれやることは決まっているよな」
「ええ、そうね。リリーちゃんを救い出す」
そう言いながら、ワイトとティターニアが目配せを交わす。
その二人に意見を申し立てるメリア。
「わたくしも連れて行ってください」
「危険よ、命を落とすことも容易に考えられる」
「リリースカーレットはわたくしの大切な友人です。友人が危機に瀕しているというのに、指を咥えて待っているだけなんて出来るでしょうか」
「気持ちは分かるけど――――」
メリアの気持ちは痛いほど分かる。
しかし、彼女の実力では、最悪の事態も考えられる。
それほどまでに敵は強大であったのだ。
両者ともに悲痛な表情を浮かべる中、ワイトが口を開く。
「まあ、自分の身は自分で守れるだろ。それにいざって時は俺が死んでも守る……ってもう、死んでるか(笑)」
「ふざけてる場合じゃないの」
「上に同意ですわ」
フォローに入ったつもりが辛辣な言葉を浴びせられてしまう。
これがリリーだったら「それって持ちネタだと思っていますよね? 全然面白くないですから」と少なくともネタの評価はしてくれるわけだが、この二人に関してはそれすらもないらしい。
「あーあ、リリーは優しかったなぁ……」と遠い目をするワイト。
その時、<ブルーオーシャン>のドアが勢いよく開け放たれる。
「リリーさんが攫われたというのは本当ですか!?」と血相を変えて入ってきたのはアレクだ。
「ああ、マジよ。というか、なんで分かったんだ?」
「それは、私が念話を送ったからよ。まったく、酒場に私をおいて一人お家にスタコラサッサだなんてひどくない?」
「それはあなたが『わたひ、今日は机ちゃんと一緒にねりゅのー、えへへぇぇ……』なんて訳の分からないことを言っていたからでしょ。まあ、爺やには申し訳なかったですけれど……」
アレクは後半、口ごもりながら言っていたが、カウンターの方から声が返ってくる。
「いえいえ、私のことはお気になさらず、坊ちゃんのご友人ですから。どんな姿になろうとも丁重にもてなしますとも」
「済まないね、爺や――――」と軽く会釈して、話を本題に戻す。
「リリーさんをどうやって連れ戻すかという……」
「それならもう、話は決まってるのよ」
ティターニアは壁に投影されたマップに視線を移す。
アレクもつられて見ると、。「なるほど、居場所の見当は付いているんですね」と理解した。
「そそ、そういうこと。なんか、リリーにあげたアクセサリーにティターニアの魔力が込められていたらしく、それで探知したらしい」
「探知って……ティターニアさん、またそんなストーカー紛いなことを!?」
「また!? またと言いましたの!? やっぱり、以前も同じようなことを!?」
「違うの! メリアちゃん! そういうのじゃないの! 可愛い女の子はみんな庇護の対象なの! 慈愛なの! やらしい気持ちは微塵もないの! 純愛なの! って違う! そういうことを言いたいんじゃない! 今回はそれがあったおかげで、リリーちゃんの居場所を特定できたんじゃない! これはもはやMVPだと思うのですが!?」
「色々、問い詰めたい事はありますが……それがあったからリリー・スカーレットの居場所が分かったのも事実。今のところは不問にいたしましょう……」
「ありがとう! メリアちゃん! 話が分かる人で助かるわ……。 それに比べて、男どもと来たら小さいことをネチネチと……」
「何でもいいですけど、リリーさんがいるのはこの赤く光っているところでいいのですか?」
「座標はそこで合っているんだけど、どうも収納空間に転送されたらしくて」
「収納空間? 人一人を格納するなんて、そこそこの魔術師なのでは――――」
「いや、人一人なんていう規模じゃなかったわ。私の観測では、あれは広大な空間だった。城一つがすっぽり入るぐらいのね」
その発言にアレクの目が見開く。
脳裏に浮かんだのは、ティターニアが想定している敵と同じ敵の可能性だった。
「そのレベルということは、まさか――――いや、でも、それはありえなくないですか? 聞いていた話と違う」
「そう。これ、思いっきり協定違反よ。ここまでの実力行使が許されるはずがない……」
二人の間でなんだか不穏な言葉が飛び交っているが、何のことなのかさっぱり分からないワイトとメリア。
ワイトは情報の共有が必要だと考え、二人に尋ねる。
「すまん、その辺りの事情を聞いても大丈夫か」
それに続いて、メリアも尋ねた。
「わたくしにも知る権利があるのなら、教えていただきたいですわ」
ティターニアは目を閉じて一考した後、アレクの方を向いた。
「話しておいたほうが良いかと」
アレクの言葉に静かに頷くと、続けざまに言った。
「それじゃあ、ポータルの生成をお願いできる……?」
「えぇ、ちょっとだけ時間を貰いますが、可能ですよ」
そう言って、アレクはポケットから白い長方形の薄紙を数枚取り出すと、そこに何らかの文様を描き始めた。
その傍ら、ティターニアは真剣な顔付きで二人の前に立つ。
「分かった。それじゃあ、その間に簡潔にだけど話すわね」
そう言って、ティターニアは100年前に起こった出来事を話し始めた。




