61話
次の瞬間、おもむろに近づいたメリアはリリーを力強く抱きしめた。
「その顔、見ていられませんわ。だから、はっきり言って差し上げます。――――方法ならあると」
メリアの言っていることが理解できなかった。
いや、正確には理解しているが、この理解が勘違いだった時に生じる痛みは計り知れないため、理解するのを拒んだのだ。
リリーは震える言葉で尋ねた。
「何の方法ですか……?」
「決まっているでしょう。貴方のお父上を元に戻す方法に――――」
瞬間、周囲から音が消え失せる。
今、リリーの中にあるのは、メリアの言葉だけだった。
その言葉がずっと、頭のなかで反響している。
元に戻す方法なんて無いものだと思っていた。
「あ、え、えぇ、本当に……? 本当に……」
「えぇ、決して簡単な方法ではありませんが。無理筋ではありません。方法は確かに存在します」
「そう、そうですか……あったんだ。方法、あったんだ……」
リリーの瞳から潤んだかと思うと次から次へと大きな涙が生まれてはこぼれ落ちていった。
その反応を見て、メリアは慰めるように話を続ける。
「わたくしも日和ってないで、もっと早く尋ねるべきでした。今までずっと一人で抱え込んでおりましたのよね……」
「いえ、わたしももっと早く相談していればよかったのです……メリアさんはこんなわたしのことを見捨てずに側にいてくれましたから、信頼してよかったんです……それをわたしは――――」
メリアは抱きしめていた両手を肩に置いた。
「いいですのよ。そのようなことは」
二人は向き合った。
メリアも少し涙ぐんでいるように見えた。
そんな二人を見て、釣られてもらい泣きしそうになっている男がいた。
ワイトはこのような友情に厚いシチュエーションに弱かった。
しかし、こういう場面だからこそ、ちょっと茶々を入れたくなってしまうのは彼の悪い癖だった。
「あー……こんなことを言っちゃ野暮かもしれないけどさ、なんだか俺の時と反応全く違くなーい?」
「いや、あれは……その……方法があるという確証がなかったので」
「『ワイト、世の中にはどうにもならないこともあると思うのです……』だとかなんとか」
唐突に声真似を始めたワイトに、リリーは大声を出して、必死にかき消そうとしていた。
「わぁー!!!!! わぁー!!!!! メリアさん、ワイトがイジめてきますー! 助けてくださいー!」
「舎弟の分際で、身の程を弁えなさい!」
「へぃ……すんません……」
メリアの一喝でシュンと縮こまったワイトを見て、リリーはアハハと笑みをこぼしていた。
先程見せた作り笑顔とは違う、心からの笑いであると分かった二人も自然と笑顔になっていた。
リリーは再び、二人の前に躍り出ると、深々と頭を下げた。
「二人とも本当に――――」
ありがとうと言葉を結び終える。
そのはずだった。
だが、次の瞬間、リリーの姿は忽然と消えてしまった。
あまりに突然の出来事に何が起こったのか理解ができない。
「はぁ!?」
「一体、どこへ!?」
◯
リリーが違和感を察知して、すぐさま顔を上げると、二人の姿はそこにはない。
それどころか、目の前に広がるのは王都ですらない全くの別空間。
建物が無く、無機質な広い空間だった。
辺り一面が白色に統一されており、かなりの広さがある。
「ようこそ、私の実験場へ」
声のする方を見ると、黒いローブ姿の男が見えた。
白い背景に黒いローブは嫌と言うほどに目立つ。
コツコツコツ……。
男はゆっくりとした足取りでリリーに近づいてきている。
よく見ると、男は手に鎖を握っており、その鎖は後方に伸びている。
男の背後に何かがいるのは明白だった。
猛獣か何かをけしかけるつもりなのかと勘繰る。
「こんなところに呼んで、何者ですか?」
「はっはっは、名乗るほどのものじゃありませんよ」
フードを深く被っており、口元でしか表情が分からない。
「あなたの目的は何ですか?」
「いや、何、大したことではありませんよ」
「さっきからこちらの質問に答えているようで、答えていませんよね? その魂胆はわかっています。どうせ、その鎖の先にいる何かをけしかけるつもりなのでしょう?」
「誠に残念ながら、その返答にはNOと言わざるをえませんねぇ……」
不適な笑みを浮かべながら、男が鎖を前に引っ張ると、男の影に隠れて見えなかった何かが姿を現した。
リリーはその姿に息を呑んだ。
人の姿をしていながらも、その頭部には犬のような耳、腰には尻尾が見受けられた。
だが、その姿に驚いたのではない。
その顔に見覚えがあったから驚いたのだ。




