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6話

「あとは三百ぐらいでしょうか……」


 リリーがそう呟いたのと同時に――――

城壁の上で戦いを見守るクレスに火急の知らせが入ってきた。


「伝令! 西門、東門のアンデッドが突如集結しそれぞれが球状の塊になり空中へと浮上、北門に向けて移動中とのこと!」

「把握したぜ。魔術は効いたか?」

「球体になってからは効果はあまり無いようです……、あ、アレです!」


伝令兵が頭上を指さすと城を優に超える高さに悍ましい珠が浮遊していた。


「なんだありゃあ……」とクレスは言葉を失った。


 何百もの人体を無理やり球状に固めたかのような様相。

腕やら足やら顔やらが複雑に絡み合っており、もはや人の原型を留めてない。

クレスは珠の動向を注視していると、横からヘーラの声が聞こえた。


「兄上! あの珠は一体何でしょう……?」

 ヘーラは王城にて各門の指揮を執り行っていたが、珠になったアンデッドが北門へと移動するのを見て急遽、駆け付けたのだ。


「そうだな、さっぱり分からないが……。なんかイヤな予感がするのは気のせいか……?」

「やめてください。兄上のイヤな予感は当たるんですから……」

「だよなぁ……。陛下はどこに?」

「陛下は城内に――――」


 ヘーラがそう答えようとすると「余はここにおるぞ」と国王の声が聞こえた。

 だが、声はすれども姿は見えず……。

辺りを見渡すと、こちらを見ている兵士の姿があった。

その者はおもむろに兜を脱ぐとそこには国王の姿があった。


「陛下ー!!!! 何をしておられるのですかー!!!!」


 ヘーラは涙目になりながら叫んだ。


「兵と共にあることが王の務めだということを思い出してな……。兵舎から余り物の甲冑を拝借してきたわ。許せ」

「許しますよ!!! 許しますから!! 私の寿命を縮めるようなことはなさらないでくださいー!!」

「すまない、本当にすまない……!」

今にも泣き出しそうなヘーラを国王が宥めていると、クレスが血相を変える。


「……あの珠、動き出しそうだぜ」


 上空にて浮遊していた二つの珠は北門に辿り着くや否やドスンと落下した。

それを見たリリーがその悍ましさに思わず嘆く。


「なんて冒涜的な肉団子……」


 北門の周囲に残っていたアンデッドはリリーには目もくれず、珠に向かって行くと次から次へと取り込まれていき、最終的に二つの珠は互いに互いを取り込んでやがて10m程の巨大な一つの珠となった。


 その珠は僅かに律動しており、ドクンドクンと心音にも似た音を鳴らしている。

律動するこの珠が次にどのような行動を起こすのか……。

可能性を絞り切れない。

 そういった時にどうするのかリリーは知っていた。


「"得体の知れない怪物と出会ったときは逃げるが勝ちです。

ですが、背後に守るべき存在がいる時には――――"」


「先手必勝!」

 リリーは師の言葉を思い返しながら珠に向かって高速で肉薄する。


 だが、突如として珠の内部から現れる巨大な腕。


「な……」と驚いた時にはもう既にリリーの小さな身体はむんずと掴まれていた。

リリーを掴む腕から先が粘土細工のように形作られていく。


 そうして出来上がったその姿は、人の形をした巨大な何かであった。

全身に苦悶の表情を浮かべる人の顔が浮き上がっており見る者を恐怖に貶める。


 城壁よりも更に巨大な存在を前に口を開けて慄く兵士たちの中で、上を見上げたヘーラがぽつりと呟く。


「あれは屍巨人(ギガースゾンビ)……?」


 国の古い文献で見た不死の巨人だ。

アンデッドの中では中級から上級に位置するものである。


 屍巨人が出現するパターンは二つ。

一つは巨人の死骸に負のエネルギーが一定量蓄積した場合、もう一つは大多数のアンデッドが融合した場合。

 前者は人の形から大きく逸脱することはないが、後者の場合には異形となることも考えられる。

全身に浮き上がった苦悶の表情はその一端なのだろうか。


それよりも――――

ヘーラの中で最悪の状況が想起される。

それはリリーが死んでしまうという可能性だ。


 彼女はいくらアンデッドに強いとはいえ、まだプラチナ冒険者なのだ。

この存在を圧倒できるほどの実力をまだ有してはいないはずだった。


「リリーさんを助けないと!! ほら、あそこに!! はやく助けに!!」


 ヘーラは冷静さを欠く一方で、クレスはいたって落ち着いていた。


「ヘーラ、慌てたって何にもならないだろ? だからとりあえず今は落ち着くんだ」


兄から諭され落ち着きを取り戻すヘーラ。


「すいません、兄上……取り乱しました」

「しかし、クレス。現状、リリー殿は窮地に陥っているのではないかね?」


 国王から現状を鑑みた尤もな意見が飛び出した。

これにクレスは表情を崩さずに答える。


「確かに、窮地ではあると思うぜ。けどな、それすらも利用しようとしている気がしてならない」

「利用……だと……?」

「まあ、見守ろうぜ。本当にヤバいと思ったその時は俺が出る」


 クレスは南門での戦いを目の当たりにしている。

故に確信していた。

あの少女の実力を。

まだとっておきが残されていることを。


 視線が再びリリーに注がれる。

 確かに、傍から見れば窮地に陥っているように見えるこの状況下であっても彼女はいたって冷静であった。


「面食らいましたが、よく考えればこちらの方が効率的ですね」


リリーは顔色一つ変えずに言い放った。


 その一方で、ギガースゾンビは口元を歪めながら嗤う。

「イマノ オマエニ ナニガ デキル?」

「驚いた。そんなナリで喋れるんですね」


 圧倒的優位に立っているはずのギガースゾンビに対して、リリーは置かれている立場なぞ歯牙にもかけず率直な感想を述べただけであった。


「……オマエコロス オマエコロシテ コノクニ ホロボス」

「わたしにはやるべきことがまだ残っている。だから、死ねないし死なない」

「ザンネンダッタナ オマエハ ココデ オシマイダ」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」


 眼前の敵を睨み付け、そのように言ってのけようとした直後、「ゲハハハハハハハハ!!」という食い気味に嗤い声が響いた。

それは人を不快に感じさせる音であった。


 リリーが挑発したところで、屍巨人にとってそれは弱者の戯言にしかならない。

それ程までの圧倒的な優位性が相手にはある。


 それを再度、自覚してか否か、屍巨人はリリーを掴んでいる右手を顔の前に持ってくるとあろうことか更に力を加えた。

全身が締め付けられ、骨が軋み、その圧力に耐えきれず楚々とした小さな口からどぷりと血が噴き出した。


「ガハッ…………」


嫌でも握り殺すつもりであることがよく分かった。


 その様子を見ていた国王は即座に角笛を吹こうとするが、クレスは角笛を叩き落とした。


「陛下、まだだ、俺がダメだった時にそいつは使ってくれ! ここで使っていい代物なんかじゃないだろ! それは!」


「しかし、あのままでは――――」


――――あの少女は殺されてしまう。


 国王はそう言おうとしたが、クレスの真剣な眼差しを見て言うのを止めた。


「分かった、やれるんだな……?」

「ああ、もちろんだ!」

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