56話
リリーとアレクが商業区に駆けつけた時、そこには横たわるバルログの姿と高らかに笑うライオネルの姿があった。
「ハッハッハ! 獣風情が我に挑もうなどと100万年早いわ!」
その脇に控えている側近が口を開く。
「ライオネル様、どちらかというとバルログは悪魔寄りの存在かと存じます……」
「我にとっては悪魔も獣同然! ハッハッハ!」
空かさず、別の側近が声高々に崇め称える。
「さっすが! "黄金卿"ライオメル様!」
「崇めよ! 讃えよ! ハッハッハ!」
(あの側近らしき人、また名前ミスってる……)
ライオネルの側近の一人に視線が移る。
以前、ワイトが冒険者協会で引き起こしたトラブルの際にも名前を間違えていることを思い出した。
というより、この場にワイトがいなくて良かったと心底思った。
仮に同行していたとしたら、このように横を見ず知らずの他人であるかのようにすり抜けるのは困難だっただろう。
(まあ、とりあえず、ここは片付いたみたいだから……)
目を付けられないように、足早に西の居住区へ向かおうとする。
残り二体のバルログがそっちの方面に向かっていたためだ。
そこでふと、疑問が湧いた。
ライオネルのランクはゴールドだ。
対して、バルログはプラチナ級以上によってのみ依頼の受注が許されている。
明らかに格上の存在と対峙したはずなのだが、傷ひとつ見受けられず、言動から察するにピンピンしている。
(数の利を活かしたのか、それとも――――実力はプラチナに匹敵している……とか?)
そんなことを考えながら、その場を後にしたが、聞き覚えのある声がライオネルの方から聞こえてきたため、その場に立ち止まった。
「どうしました?」とアレクから声を掛けられる。
「いや、今、友人の声が――――」
振り返るとそこには、ライオネルと会話するメリアの姿があった。
「お兄様! ご無事でしたか!」
「我は大丈夫だ。お前こそ、怪我はしていないか?」
「はい、見ての通り、五体満足ですわ――――」
リリーの視線に気づいたのか、メリアがシスター服の少女の姿を捉えた。
「あれは――――!!!! お兄様、これにて失礼いたします」
「分かった。無茶と怪我だけはするんじゃないぞ! ハッハッハ! では、残りの獣も片付けるとしようか! 付いて来い! お前たち!」
「ハッ!」
「ヘイッ!」
ライオネルが側近らを引き連れてその場から立ち去る中、メリアは全速力で走り出したかと思うとその勢いのまま、リリーに思いっきり抱き着いた。
「ご無事でしたのね! リリー・スカーレット!」
「ちょ、メリアさん……!」
困惑するリリーだが、その様子は満更でもなさそうである。
ひとしきり抱きしめリリーを解放すると、メリアは興奮気味に話す。
「びっくりしましたのよ! 西の居住区でアンデッドを狩り続けていたら、いきなり空に魔法陣が出現してバルログが現れるなんて……!」
「メリアさん大丈夫でしたか!?」
「えぇ……わたくしは大丈夫ですの。――――ところで、あの、ティターニアさんは……何者ですの?」
「え?」
「バルログが飛来した時には苦戦を強いられると思い、色々と覚悟していたのですが、ティターニアさんが飛来してきたバルログ二体を難なく撃ち落としましたのよ。<イリスの螺旋>の件もそうですし……ただの人間ではないと思われるのですが……」
「そうですね……。わたしもちょっとよく分からないんですよね……。」
事実、嘆きの森で出会っただけであり、素性についてはほぼ知らないといっても過言ではなかった。
唯一、昔からの付き合いがあると思われているワイトはこの場にはいない――――
と思った矢先、上空から声が。
「おー、みんな集まってんじゃーん!」
見上げると、ワイトが降りてきており、程なくして前に降り立った。
「あなたがここにいるということは……王城のバルログは……?」
リリーが尋ねると、ワイトが答える。
「俺が駆け付けると、なんか王城の壁に明らかに異質なものがあったから、まさかなぁ……と近づいてみたら、それがバルログでして……。よく見てみると、なんだかデケぇ槍に磔にされててなぁ……。引き剥がすのにちょっと手間がかかった」
「それはそれでまた……大変でしたね……」
「まあ、取り越し苦労というやつかね……。王都には強者がわんさかいるようだ」
何かをずっと考えていたアレクが口を開いた。
「んー、その槍はおそらく母ではありませんね。母なら素手でやると思うので」
「何か考えているなと思ったら、またおかんかよ! なんだか一回会ってみたい気がしなくもないぞ!」
「それはわたしも同感です」
ひとしきり会話が済んだところで、コホンと咳払いをする者が一人。
メリアだ。
三人の視線が彼女に集中する。
「ところで、ワイトさん、貴方に一つお伺いしたいことがありますの。宜しいでしょうか?」
「おっ、なんだ? 決闘とかじゃないよな?」
「いえいえ、わたくしはそんな野蛮なことは致しませんの――――」
常日頃から勝負勝負と言っているあなたがそれを言うのですか……と言わんばかりにメリアを凝視するリリー。
だが、メリアは一切、その視線に気付くことなくワイトに質問する。
「わたくしが聞きたいことはただ一つ。ティターニアさんは何者なのでしょうか?」
「ティターニア? あぁ、あいつはアレだよ。精霊の女王的な?」
「「ええええええええええええええええええええええええ」」
リリーとメリアがあまりの衝撃の答えに絶叫する中、アレクは頭を抱えていた。
それは言ったら、ダメなやつと言わんばかりに。




