表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/92

5話

 その後間もなくして、作戦が決行された。

まずは、騎士団のサポートに回っていた王国魔術部隊を結集し、頭上を覆う黒雲を祓えとの命令がヘーラから下された。


「魔術は使えないのでは……?」と困惑した魔術師に対してはリリーから知らされた内容が共有された。


黒雲を祓うために使用する魔術は、初級風魔術<ウインド>と中級光魔術<ライトニング>を使用することとなった。

その経緯は、作戦の説明をしている時、「どちらも上級魔術の方がよろしいのでは?」との意見が出ていたが、「光魔術は中級以上がベスト、風魔術は初級で事足りるでしょう」とヘーラはリリーから予め聞いていた。


 そのため、ヘーラは不用意に魔力を消費するのは得策ではないと判断し、初級風魔術<ウインド>、中級光魔術<ライトニング>を使用することとなった。


 その後、部隊を4つに再編成し、城壁の四隅にそれぞれ配置。

騎士団の一人が空砲の合図を出した後、魔術師が初級風魔術<ウインド>と中級光魔術<ライトニング>の詠唱を開始。


 両者の詠唱が終わると各所で放出された風の塊が光の珠を取り込んで空へと舞い上がっていく。

 それはやがて、晴天を覆い尽くす黒雲に複数の風穴を開けた。

 その風穴は少しずつ大きくなって繋がっていき、一つの大きな円となる頃にはもう、王都上空では澄み切った青空が広がっていた。


この国に青空が戻ったのは3か月ぶりのことであった。


 北門の城壁の歩廊上にて、リリーは騎士団長と一緒にこの光景を見ていた。

騎士団長が久しぶりの快晴に思わず心情を吐き出した。


「やっぱり、この空が一番好きだな! 俺は!」

側にいるリリーが太陽を遮るように手をかざしている。


「そうですね。私はもう少し、曇っているぐらいが好きですかね。強すぎる光はちょっと苦手なので」

「なるほどな! 日焼けは女にとって大敵だものな! 増してや年頃の娘だったら尚更だ! ハッハッハ!」

「そういうわけではないんですけどね……」


 苦笑するリリーを尻目に騎士団長は上機嫌だが、そういえば……と、ある疑問に気付いた。


「アンデッドの弱点って日光だろ? このまま放っておいても勝手に自滅するんじゃないのか?」

「その通りです。本来は負のエネルギーが日の光によって浄化され消滅するのですが、腐っても禁術ですね。たった今、日光に晒されているというのにピンピンしています」


リリーは城壁からアンデッドを見下ろして言った。


「それでは、引き続き防衛をお願いいたします。ああ、そうでした。東門と西門……あと念のために南門にも魔術師を援軍に差し上げてください、何も起こらなければ簡単な光魔術で倒せると思いますので」


 リリーはそう言うと、颯爽と城壁からアンデッドが蔓延る北門へと降り立つ最中、頭上から「ああ、了解した!」と快活な声が聞こえてきた。



 修道服のフードを脱ぐと、隠されていた真っ赤な髪が燃えるように広がる。

真ん丸な目をした幼気な少女から一転、冷酷な暗殺者のような細い目つきに変貌する。

「さて、と――――」



 北門、城壁の歩廊にて防衛を続けている兵士たちが皆、ある者に釘付けになっていた。

言わずもがな、それは、"赤い聖域"と呼ばれる少女。

リリー・スカーレットだった。


 城壁から飛び降りた後、リリーは辺り一帯に広がるアンデッドを見回した。

「ざっと千ぐらいかな……」と呟く。


 殲滅する対象を確認し、大まかな数を認識。

やがて、一体のアンデッドが少女の存在に気付いた。

それは、その他大勢のアンデッドにも伝播していく。


 エサが降ってきたともいわんばかりに、少女に群がっていくアンデッド。

ぐちゃぐちゃと生もののような音を立てながら歩いてくる者、上半身のみで這いずってくる者、眼球が片目から飛び出ている者、肉が剥き出しになり骨付き肉のような様相の者、総称してゾンビやスケルトンとして括られるアンデッド。


 それら全てが少女を取り囲むようににじり寄ってくる。

少女を中心にしたアンデッドの円は少しずつ小さくなっていた。

だが、なおも微動だにしない少女。


「なあ、団長! アレやばいんじゃないか!」


 囲まれている少女を目にして、危機感を露わにする者もいた。

だが、クレスは知っていた。


「いや、問題ない」


 知っていたからそのように答えていた。

南門での一件を目の当たりにしていたから。

どこからともなくふらっと現れた少女を助けるべく危険を承知で飛び降りて助けに向かうと、アンデッドの四肢が宙に舞っていた。


 その鬼神のごとき戦いぶりにクレスが見惚れていたその間に、いつのまにか南門一帯のアンデッドは軒並み消滅していたからだ。


「しかし、団長あれは――――」と言おうとしたところで周囲から「おおー!!!」という歓声が上がった


 クレスと兵士が話している間にも少女とアンデッドの境界線はじわりじわりと狭まっており、爪が剥がれ腐った肉の見える人差し指が触れるか触れないかといったタイミングでリリーは動いた。


 触れようとしたアンデッドの片腕を開戦の幕を切って落とすかのように手刀で切断。

黒く濁った血が切断面から滴り落ちようとする。

 流れ出す一滴の雫が地面に落ちるまでの間に周囲5m圏内のアンデッドを流れるような体術で一掃した。


 この時、城壁の上から歓声が飛んだが、リリーの耳には届いていない。

そして、態勢を崩したアンデッドの首を淡々と刎ねる。

アンデッドはドス黒い血を噴き上げながら黒い霧となって消えていった。


 だが、なおもアンデッドに囲まれている状態には変わらない。

その後ろから続々と不死の群れが押し寄せて来る。


 そう、本来は不死の存在なのだ。

 魔術や祝福された武器でなければ決して死なない相手。


 それにも関わらず、この少女はそんな不死の存在をこうも容易く葬り去る。

一切慌てることなく、表情を変えることもない。

アンデッドを次々と塵に変えていく少女の赤い髪が残像として見る者全ての脳裏に焼き付いていく。


 不死の相手をどのようにして葬っているのか、それが生まれながらにして身に付いた才能(タレント)によるものなのか、修練の果てに会得した能力(スキル)によるものなのか、神が与えた奇跡とされる加護(ギフト)によるものなのか詳しい事情は分からない。


 だが、クレスは彼女が何故、赤い聖域と呼ばれることになったのか。

その由来を垣間見たような気がした。

 その間も少女の周りを囲んでいたアンデッドは数を減らしていき着々と黒い塵が積もっていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ