49話
そんな二人を見送り、踵を返して反対方向へと歩いていくティターニア。
「露払いはこれで十分でしょ。それじゃ、私たちは私たちに出来ることをやりましょ?」
そう言って、あっけらかんとその場を後にしようとするが、メリアは目の前で起こった出来事に絶句してその場で硬直していた。
ティターニアが歩いていく中、ポツリポツリと驚嘆の声が漏れる。
「信じられない……。今の魔術は……まさか……最上級魔術<イリスの螺旋>……それも無詠唱で……」
数ある最上級魔術の中でも難度が高い魔術として知られる魔術<イリスの螺旋>
それは火、水、雷、風、土、光、闇の七大属性を全て扱えることが最低条件とされ、この魔術の行使は魔術師の頂点でありエレメンタルマスターと称される。
到底、凡人には扱えない代物であるが、そもそも熟練の魔術師であったとしても扱える者の事例が極めて少ないため、魔術辞典にのみ表記されている魔術など、その実在に懐疑的な目を向ける者も少なくない。
現に、メリアもその内の一人であった。
しかし、たった今、彼女が目の前で見たその魔術は、イリスの螺旋の特徴と合致していた。
その上、それを無詠唱で放っている。
それは紙に書いても難しい数式を頭の中だけで証明するような行いだった。
付いてきていないことに気づいたティターニアはメリアに近づきながら言った。
「よく知っているわね。だけど、残念、あれは<イリスの螺旋>ではないのよ」
「あれが<イリスの螺旋>ではないのだとしたら、そのような魔術は存在しないと思いますわ……」
七色の光線が、螺旋を描きながら、やがて収束し、ひとつの大きな光となって敵を貫く。
これほどまでに特徴が酷似しているにも関わらず、それを放った張本人が否定したのであれば、最早、そのような魔術は存在しないのではないかと疑ってもおかしくはない。
その発言は俄には信じがたいと言わんばかりに視線を向けるメリア。
一方のティターニアは意味深な笑みを浮かべると、人差し指を立てた。
それは分からない問題の質問に来た学生に対してヒントを与える教授のようでもある。
「魔術とは人が精霊の力を扱えるように調整したものであり、それは魔法を行使するための設計図である。<イリスの螺旋>とは魔術の一種。その式を私は必要としない。だから、あれは<イリスの螺旋>ではないの」
「とするなら――――貴方の使うそれがオリジナル……? いや、それは有り得ない……。それが事実だとすれば、エルフ族が子供に思えるほどの年齢に――――」
「年齢の話はやめていただけるかしら?」
「あ、失礼いたしましたわ」
「よろしい。まあ、普通じゃありえないわよね。でも、逆に言えば、普通じゃないならありえるんじゃない?」
「……何者ですの?」
「それは自分で考えて~♪ それじゃ、行くわよ。こんなところでいつまでもお話をしているわけにはいかないでしょ?」
「確かに、仰るとおりですわ……」
目の前にいる女性が何者なのか分からないが、とりあえず確実に言えることは、敵ではないということ。
むしろ、今の状況を鑑みれば強力な助っ人だと言える。
彼女の行いに何ら悪意はないのだから、それで良いのではととりあえず棚に置いておいて、メリアは後を追った。
〇
ティターニアの援護射撃により、正面の敵が一掃された街路を駆け抜けていくリリーとワイト。
通りには、ゾンビやスケルトンの他にも獣型のアンデッドなども見受けられた。
それに対処する王国騎士の姿、冒険者と思しき人影もこの災禍に立ち向かっている。
この王都に住まう戦える人間は皆、この災禍に対処していた。
リリーは彼らをいますぐにでも援護したい気持ちを抑えながらも、今、自分がすべきことを確認する。
「ところで、ワイト、どこへ向かえば!?」
「この付近で間違いないはずなんだ……。上空で見た時、マナの淀みがあったからな――――」
イスラフィル王都<ティアレイン>の中心には荘厳な王城が聳え建っているが、ワイトが確認したのはその向こう側。
東の居住区の周辺であった。
二人は今、その入り口にいるため、目的地は近い。
突如、ワイトは立ち止まると「場所をもっと絞り込んでくる。何かあったら大声で叫んでくれ! すぐに戻る!」と言って、リリーの傍から駆け足で離れて行った。
ワイトが離れて3分も経たないうちに、「リリーさーん!」と自身を呼ぶ声が聞こえてきた。
明るく爽やかな好青年の声だ。
この声は明らかにワイトではない。
声のする方を見るとそこにいたのは、エルピス国の王子、アレクだった。
彼は誰かを探しているように切羽詰まった様子で、身振り手振りを交えながら尋ねる。
「あの、すいません! リリーさん! ちょっと人を探しているのですが! これぐらいの身長で、髪の長さは腰の高さまで、浅葱色に大きな花の模様があしらわれた衣服を着ていて、胸にさらしを巻いた女性を見かけませんでしたか!」
アレクの示した身長は180を超えていた。
女性にしては背が高い上、さらしを巻いているとなると必ず目に付くはずだが、記憶にはない。
リリーは首を横に振った。
「いや、見ていないですが、どなたですか……?」
「母です!」
「お母さまですか――――」
この緊急事態に母が行方不明となればそれはさぞかし不安だろう。
切羽詰まる理由も痛い程分かる。
いくらアレクが王子という身分であっても――――
そこまで考えて気付いた。
アレクは王子だ。
そう、王子なのだ。
となれば、その母親となれば、必然的に妃ということになる。
それはもう国の一大事である。
「まさか、この騒動で行方不明に!? だだだ大丈夫なのですか!?」
リリーの声が焦りのあまりに震えている。
イスラフィル国で、エルピス国の妃が行方不明ともなれば紛うことなき国際問題になりかねない。
「そこは問題ありません。母はたかがアンデッドでやられるようなタマではないので……ただ、そんな母だからこそちょっと手伝って欲しいことがあったのですが……」
渋い表情をしながらアレクは言う。
たかがアンデッドでやられるようなタマではない……?
一体、どういうお妃様……と思っていると、エルピス国の王城内にて、怒らせたら一番怖いとクレスが言っていたのを思い出した。
つまりは、そういう人なのだろうか。
ただそれよりも気になるのは――――
「手伝って欲しいこととは?」
「このアンデッド騒動の召喚コアと思しきものを見つけたので破壊したいのですが、私一人では難しいので」
「わたしたちではダメでしょうか?」
アレクは思案げに顎に手を当て、何かを考え始めたが、再び、「おーい、リリー!」とまたもや自身を呼ぶ声が聞こえてきた。




