47話
リリーは空を見上げた。
太陽は真上よりも少し傾いたところに位置している。
「今は午後1時を回ったぐらいですかね……」
「とにかく、陽が落ちるまでにこの大元を叩く必要があるということだな! ちょっと待ってろ!」
その直後、たんと飛び上がったワイトをどこからともなく流れて来た柔らかな風が包み込み、急浮上していく。
その一部始終を見て、メリアは目を真ん丸とさせて驚いている。
「あの殿方、浮遊魔術も会得しておりますのね……?」
「そうですね。厳密には風の精霊の力を借りているらしいですが……」
「……少し侮っていたかもしれませんわ」
「え?」
「いえ、お気になさらず。リリー・スカーレット、ひとつ頼みがございますの」
「頼みですか?」
「大元を叩くのは貴方に任せます。わたくしはここで」
「ですが、あなた一人にこの場を任せるのは……!」
「問題ありませんのよ。貴方に黒い炎の力があるように、わたくしには加護がありますから」
「加護……?」
加護とは神が与えた奇跡とされる力の総称だ。
遠い昔、神が人と共にあった時、矮小な人間のために神は自身の力を分け与えた。
原初の加護は失われてしまったが、その加護は形を変えて今でも脈々と受け継がれている。
そのような神話をどこかで聞いていた。
彼女の発言をそのまま受け取るのなら、それはすなわち、その末裔の一人であるということになるが――――
そう思案するリリーの視界の端で、ドサッと何かが倒れた。
一体のアンデッドだった。
その身体には、ポツポツと白くて可憐な花が咲いている。
何故、花が? と疑問に思う暇もなく、周囲にいるアンデッドは次から次へとドサドサと倒れていく。
いずれも、あのアンデッドと同じように白い花が咲き誇っており、淡い色味の白い花だけを残して消滅していく。
そして、その花弁が一枚、また一枚と離れていったかと思うと、それらはメリアの方へとゆっくりと漂っていき、白き奔流となった。
「貴方には見せたことがなかったですわね。リリー・スカーレット。この花は負のエネルギーをマナに変えますの。アンデッドが動く原料を根こそぎマナに変えておりますから、攻めるよりも守る方が強いんですのよ。だから、心配はありませんわ――――」
そう言って、メリアはその場に座り込む女性に対して、微笑みかけた。
二人の話を黙って聞いていたが、足の怪我を引け目に感じているのを察してのことだろう。
この最中でも労わる心を忘れないメリアであったが、リリーには違和感があった。
今のメリアはどこか覇気がない。
考えられる要因としてはやはり、カインを取り逃がしてしまったことに責任を感じているのだろう。
そんな彼女にリリーはとっておきの一言を思い付いた。
どうすれば、彼女が元気を取り戻すのかを考えると自然と分かってしまったのだ。
「メリアさん、勝負しましょう!」
いきなりの申し出に素っ頓狂な声を上げるメリア。
「しょ、勝負!?」
「はい、どれだけ多くのアンデッドを倒せるか勝負です!」
リリーからの勝負の申し出は今の今まで一度も無かった。
その話が今出るということはカインを逃がしてしまって若干凹んでいることに気付かれてしまい、気を遣われてしまったからに他ならない。
悟られてはいないつもりであったが、すっかり見抜かれてしまっていたようだ。
メリアは気合を入れ直すかのように自身の両頬を両手でバチンと叩いた。
「気を遣わせてしまうなんて……! このわたくし、一生の恥! ですが、それはそれこれはこれ。その勝負尋常にお受けいたしますわ!」
「望むところです!」
意気揚々とした二人の表情を見て、地べたに座り込んだままの女はなんだかわけの分からないまま、その場の雰囲気で拍手をしていた。
「あの……私、何にも出来ていないから、良かったらこれをどうぞ」
そう言って、女性が小ぶりのカバンから取り出したのは、青い蝶の意匠が施された小さなブローチだった。
「いえ、そんなのとんでも――――」と遠慮するかのように両手を突き出すリリー。
一方でメリアは「リリー・スカーレット。こういうのは貰っておく方が正しいのよ」と言うと、ブローチを受け取り、リリーの左胸に付けてあげた。
真っ黒なシスター服に一匹の青い蝶が留まったかのように見える。
「やっぱり、カワイイ! とっても可愛いわ!」とプレゼントした張本人はご満悦な様子でパチパチと拍手をしている。
この反応にリリーは顔を真っ赤にして俯いている。
アクセサリーの類を今の今まで身に付けたことがなかった。
そういったものは自分には似合わないし、そもそも必要ないと思っていたからだ。
けれど、今、成り行きでこんなことになり、目の前の女性からはカワイイと連呼され、メリアはと言うと「かねてより元の素材は良いと思っていました。良いお店を知っておりますの。……この事件が終わりましたら、一緒に行きましょう?」とショッピングの誘いまでする始末。
(あなたはライバルじゃなかったの……!?)
リリーは心の中でそう叫ぶ。
気恥ずかしさで一杯になっているが、わざわざ付けてもらったこのブローチを外すなんてことは出来ない。
それに、ここまでカワイイと言ってくれる人の期待を裏切りたくはない。
リリー自身もカワイイと思っているため本音は外したくないし……でもちょっと恥ずかしい……。
心の中の様々な感情が群雄割拠している中、上空から王都全体を俯瞰していたワイトが地上へとゆっくりと着陸した。
「マナの流れを精査したらどうも一か所だけ怪しげなところが――――」
そこまで言うと、リリーの左胸に留まっている蝶に気付き、「どうしたんだ、それ? なかなか似合ってんじゃねぇか」と彼女の方へ歩いていく。
「あ……こちらの方が――――」とリリーは地面に座る女の方へと目を向けた。
その女は、何故か、俯いたまま固まってしまったかのように微動だにしない。
さっきまでリリーに釘付けだったというのに。
微塵も動こうとしない女を怪訝に思ったワイトは近寄っていく。
そして、「何やってんだ、お前……」と半ば呆れたような口調で言った。
女は正体がバレてしまったからか、顔を上げると頬を膨らませて言った。
「別にー? 何ってわけじゃないわよ? しっかり務めを果たしているかなーと思って偵察に来ただけで……というか、そこまで記憶戻ったのね……」
リリーにはこの女との関係性がてんで分からなかったが、会話の様子から察するにそこそこ信頼関係はあるようだ。
疑問に思ったリリーがワイトの方へと視線を移して質問をした。
「お知り合いなのですか?」
「いや、お知り合いも何もこいつ、ティターニアだよ」




