45話
「だけど……最近は何かがおかしいと思った……マップに記載の無いところでもアンデッドが湧いていたり……あのローブの男とは連絡が取れなくなったし……」
地面と会話をするかのように項垂れたまま、カインは生気の無い声でぼやいている。
その姿を見下げながら、メリアは言った。
「なるほど、黒幕がいるというわけですのね。ですが、アナタのやったことは紛れもなく王都に住む者の平穏を脅かす罪深い行いでした。それを自覚なさい」
カインの行為に一定の理解を示すメリアであったが、平和を乱したことに変わりはないため、その態度は厳しい。
少しの沈黙があった後、彼を真っすぐに見据えて言い放った。
「アナタの身柄は憲兵に引き渡します」
下を見続けていたカインが顔を勢いよく上げる。
その目は見開いていた。
「え、そんな……」と零すカイン。
そこには抗議の表情が滲み出していた。
この反応にメリアは無言でそれも綺麗な金色の瞳でカインを睨み付けた。
その迫力に押されたカインはまた、下を向いてしまう。
楚々として整ったメリアの唇は震えていた。
「……正直に話したから許してもらえるとお思いになって? 自身のやったことが分かっていなさすぎますわ! 自身の私利私欲で王都に住まう人すべてを危険な目に遭わせておりましたのよ?」
「だけど、だれも――――」と明瞭ではない滑舌で反論しようとするが、メリアは食い気味に言った。
「誰も怪我していないからいいじゃないかなんて言おうものなら、今度はぶちますわよ……!」
メリアの右腕は既に振り上げられていた。
だが、その拳が振り下ろされることは無かった。
暴力では何も解決はしないと彼女は分かっていたからだ。
しかし、これでは一件落着とは言えない。
ローブの男とは何者かなどが判明しておらず、その目的も判明していない。
それに話を聞く限りでは、カインは利用されていただけに過ぎないようだ。
そう考えると、広い意味で彼もまた被害者のようにも思える。
それに同情してか、ワイトが口を開く。
「ま、まぁ……確かにこの青年が悪い。それはそうだ。だけど、そのぐらいにしといたら? その辺、どう思います? リリーさん」
「え、わたしですか……?」と話を振られたことに一瞬、戸惑うリリー。
年長者としてたまには良いことを言うのかと密かに期待していたリリーは呆れながら答える。
「……貴方の方が年上でしょうに。ですが、そうですね。とりあえず、憲兵に引き渡して、ローブの男とやらの動向を探るのが先決ですかね……。まあ、わたしたちに出来るのはここまでで後は向こうのお仕事になりそうですが」
二人の言葉を聞いたメリアが向き直って言った。
「そう……ですわね、お二人の言う通りですわ。わたくしとしたことがちょっとアツくなりすぎたようですわ」
メリアは視線を落としながら自嘲気味に呟いた。
続けて、そのまま微動だにしないカインを見下ろして問いかける。
「あなたも分かったでしょ? どのような裁定が下されるか分かりませんが、情報提供次第では軽微な刑で済むかもしれませんわね」
メリアがそう言い終わってもなお、カインは顔を上げるどころか一言も喋ろうとしない。
辺り一帯に再び、沈黙が流れる。
痺れを切らしたメリアがカインの身体に触れようとしたその時――――
表通りの方で悲鳴が聞こえてきた。
「うわあああああ!!!!」
「こいつら!?」
「逃げろぉぉおぉお!!!!」
その悲鳴を聞いて、真っ先に動き出したのはリリーだった。
ワイトもすぐさまその後ろを追いかける。
裏路地の先にある表通りでは怒号と悲鳴が忙しなく飛び交っている。
それはまるで音の壁のようでもあった。
リリーは不安な思いを募らせつつも、表通りへと躍り出て、そして、絶句した。
「これは……」
後から追い付いたワイトも「これはヤバいな……」と焦燥感を露わにしている。
二人が目の当たりにしたのは至る所にアンデッドが湧き出て人間を襲っている光景。
スケルトンが剣を振りかざし逃げる人間を切りつけようとしている。
ゾンビが腐りかけの身体で逃げる人間の体に飛びつこうとしている。
例のごとく、突然、アンデッドが湧いて出たのだろう。
ただ、ここ一か月に限って言えばそれはよく起こっていた出来事であり、そこまで警戒するようなことでもなかった。
だが、今、目の前にいるアンデッドはそれらとは根本的に異なり、明確に人間を襲っている。
動きも決して遅くはない。
一般人ほどの脚力ではあるが、そこに不死が加わればそれはもはや立派な怪物である。
今、この場にいるアンデッドという不死は明確にこの時間を生きる命を刈り取ろうとしていた。
リリーは瞬時に辺りを見まわすと、今、まさに襲われようとしている女の姿が目に入った。
座り込んでおり、足からは出血している。
逃げる際に転倒してしまったのだろうか。
そして、その上に覆いかぶさるようにゾンビが今、倒れ込もうとしていた。
女は恐怖のあまりに直視できずに、視線を外している。
だからこそ、リリーは女と目が合ったのだ。
「た、たすけて――――」
今にも泣き出しそうな目でこちらを見つめていた。
あれは救いを求める懇願の目だ。




