42話
その後、カインの調査が本格的に始まったが、その役目はメリアが受け持った。
リリーとワイトの二人も手伝うつもりではいたが、彼女から、あまり大勢で動くとターゲットに勘付かれるおそれがあるため、一人で行いたいと言われた。
しかし、彼女一人に任せるのも何だか気が引けてしまうのも事実。
その心情を察してか、念のためにカインの動向を監視して欲しいと二人に頼み込んだ。
それからというもの、カインを見かけると、気配を殺して尾行し、ある時は屋根の上から、またある時は物陰、そしてまたある時は路上の樽の中に身を潜めて、彼の動向を探った。
なお、この時、カインは誰かから監視されているような視線を常に感じていたという。
その動向を観察して分かったことは、やはり、アンデッドが出現した場所にタイミングよく居合わせるという事実。
ただ、ひとつ気になるのは、カインのいないところであっても、アンデッドが出没することが日に日に多くなっていったことだ。
1週間ほどが、経過した頃、一同はリリーの家に集結していた。
「やはり、あの男! 黒でしたわ!」
メリアはそう叫んで、机をダンッと力強く叩くと勢いよく立ち上がった。
「ほうほう!! それで!! その根拠は!!」
ワイトはそんなメリアを盛り立てるが、一人、釈然としない表情をする者がいた。
「あの……」と小さく声を上げているリリーだ。
彼女は疑問に思っていた。
何故、自分の家で会議を行っているのだと……。
「どうして、わたしの家なのですか……?」
「そんなの決まっておりますわよ。わたくしの家は色々と面倒なことになりかねないので、貴方の家が一番、安パイなのですわ!」
メリアはそう言って、ワイトへと視線を移す。
「それに、こちらの殿方はホームレスですしね……」
「一応、家はあるからな……?」
反論するも、「わたしの家ですけどね」と即座にリリーの突っ込みが入った。
「なんだこれ、味方がいねぇ……じゃなくて、メリア、あれだ! 黒だと思った理由は何なんだ?」
話が脱線しかかっていたところを力押しで元に戻す。
「あの男、カインが持っていた鞘ですわよ。あれは魔導剣ですわ」
「魔導剣ですか?」
「軽く説明しますと、魔術式を刻印された剣でございますわね。武器というよりは杖の側面の方が強いですわ。その中でも、鞘の魔術式からして、おそらく、あの剣は転送系でしょう……。詳細は分かりませんが、一振りするだけで、周囲一帯の対象をどこかに転送するといった感じでしょうか」
「つまり……カインさんが一瞬で、敵を片付けているように見えていたのは間違いで、実際には戦ってすらいなかった……と?」
剣を振ると敵が転送される。
この事実を知らない者からすれば、剣を一回振るだけで敵が消失しているように見えても何らおかしくはないのだ。
後は、自分が倒したかのような振る舞いをすれば、このイカサマは完成する。
ワイトが「そういうことだろうな」とリリーの言葉に同調しつつも、新たな疑問点をメリアに提示する。
「……けどよ、召喚された原因は何なんだ? あくまで、その魔導剣は現在地から特定の地点に転送するだけであり、その逆は出来ない。だったら、それを召喚した奴がいるはずだと思うんだが」
メリアはその疑問に当然と言った様子で回答する。
「貴方の言う通りですわね……。裏はまだ取れていませんが、おそらく協力者がいるのでしょう。事前にどこにアンデッドが出現するのかの情報を仕入れ、その場に行って剣を振るって『キャースゴーイ』をされていただけの簡単な話ですわ。何が"閃光"ですか! 片腹痛いわ!」
言葉の節々に棘が見られる発言に「ちょっとちょっと……メリアさんや、お口が悪うなっておりますわよ」とワイトから冗談交じりに嗜められるとコホンッと一回咳払いをして、気を取り直した。
「これはこれはわたくしとしたことが……失礼しましたわ……。スノウローズ家たるものいついかなる時でも優雅に、上品に、エレガントに振舞わなければ――――」
「そうそう、貴族令嬢たるもの常に心に優美さを持ち合わせておくべきですわね」
「その通りですわ。さすが、リリー・スカーレットの舎弟、よく分かっておりますわね。その話し方もグッドですわ!」
満面の笑みで親指を突き立てるメリア。
だろ? と言わんばかりにその言葉に対して同じように親指を突き立てるワイト。
そして、一人、頭を抱えるリリー。
「わ、ワタクシもそのようにオシャベリしたほうがよろ、よろしいのかしラ?」
「リリーはそのままの方がいいな」
「気持ちとしては嬉しいですが、忘れてはなりませんわ、リリー・スカーレット!! 今は王都の安寧を脅かさんとする悪漢を撃退すべく、止むを得ず共闘という形を取っておりますが、本来は相容れぬライバル同士であるということをお忘れなきよう!」
「いや、どうしてですか! それぐらいは許されても――――はぁ……まあいいです。話を戻しますよ――――」
会議が始まってまだ少ししか立っていないのに、早くも疲れたような表情のリリーから意見が提示される。
「えっと、何でしたっけ――――あ、そうだ。あのアンデッドが召喚されたと仮定しても、そもそも召喚陣の痕跡はありませんでしたよね?」
特定の地域に何かを召喚したのであれば、そこには普通、召喚陣の媒体となるマナによる痕跡が残る。
だが、以前、アンデッドが出現した現場にはその痕跡らしきものは見当たらなかった。
「そのトリックは……んー、ちょっと、今は分かりませんわね。けれど、何ら問題はありませんのよ」
メリアは肘を立てて顔を両手の上に乗せて言った。
「直接、聞けば、ね?」
「あらあら、メリアさんったらお茶目なんですから」
「お茶目で済ませられる表情ではなかったですけどね」
その表情というのが、片側の口角が吊り上がり、目元に影が差し込んだようなニヒルな笑み。
顔が良い分、そういった表情も板に付いてしまう。
例えるなら、悪役令嬢のような様相をしていたのだ。
「さぁ、今こそ好機! この一連の事件の犯人を捕まえるべく、殴り込みですわー!」
悪役令嬢から一転して、正義の令嬢へと変貌したメリアはバっと立ち上がり、ガっと玄関へと走って、そのまま外へと飛び出していってしまった。
必然的に二人が残されることになる。
「あらあら、お元気麗しゅうですこと」
「いつまでやるんですか、それ?」
「ダメ?」
「ダメです。なんだかダメな気がします」
「そっか……なら、仕方がないな」
普通の口調に戻ったワイトが椅子から立ち上がるのと同時にリリーも立ち上がり、その後、先に義憤に駆られて突撃したメリアを追った。




