4話
空気が凄みに飲まれ、沈黙が流れた。
そんな中、口火を切ったのはクレスであった。
「陛下、その辺は心配ないと思うぜ……。俺は南門でこの嬢ちゃんの動きを見ていたんだ。あの身のこなしは並みじゃねぇよ」
「……そうか、ならば信じよう。褒美は必ず用意する」
「褒美のためではありませんが期待はしておきます」
そう言って、リリーは道端に咲く小さな花のように可憐に微笑んだ。
その迫力に圧倒されて多少息苦しく感じていたヘーラであったが、リリーの笑顔を見て我を取り戻した。
「あ、それで、リリー殿、私たちに何か出来る事はありますでしょうか?」
「手伝っていただけるのでしょうか……? ありがとうございます。助かります。でしたら、光属性を含ませた風魔術で天を覆う黒雲を祓ってください」
「黒雲ですか……アレが原因なのでしょうか?」
「はい、黒雲が大気中のマナを負のエネルギーへと変換しそれがアンデッド生成の原料になっているわけですね」
「待ってください。でしたら、魔術は扱えないのでは?」
大気中のマナをアンデッド生成の原料となる負のエネルギーに変換しているとすれば、黒雲がある限りマナが負のエネルギーに変換され続けるのでは……? とヘーラは疑問に思ったのだ。
ヘーラの率直な質問にリリーは理路整然と回答する。
「その通りです。本来はこの超広範囲魔術<アポカリプス>は行使されれば指定地域の周辺を結界で封鎖し、黒雲を生み出して、殲滅対象が滅ぶまで下位から上位までありとあらゆるアンデッドが対象地域の生命体を蹂躙するというものであり魔術師組合において禁術指定にもされているとんでもない代物なのです――――」
ヘーラは生唾を飲みこんで頷いた。
クレスはとりあえずヤバいやつと理解した。
国王は少しも動じずに泰然自若といった様子でリリーの次の言葉を待っている。
「――――ですが、術者の魔力量がショボかったのか、贄の数が少なかったのかは不明ですが、わたしが見た限りでは下級アンデッドしか生成されていません。おまけに結界は容易に破壊出来ましたし、黒雲の変換量には限度があります。つまり、それを上回るマナが供給されれば魔術の使用が可能になるというわけです」
「なるほど、結界で一帯を封じ込め、結界内のマナを負のエネルギーに変換して生成されたアンデッドで対象を滅ぼすのがこの禁術の恐ろしいところではあるが、封じ込めるための結界を破壊出来たため……え、ちょっと待ってください……。結界というのは、あの、黒い結界のことですか?」
ヘーラは恐る恐る、リリーに尋ねた。
リリーの発言が信じられなかったからだ。
「はい、その通りです」
「あれって確か……国を囲って……」
「一部が欠落すれば、全体が崩壊するタイプの結界だったようで、一か所に穴を開ければ簡単に壊せました。結界は破壊済みなので、最悪、わたしがミスったとしても逃げ道はあるということですね。取れる選択肢は多い方が良いとわたしの師もよく言っていました」
リリーはふと、師のことを思い出して懐かしい思いに駆られてしまった。
その真向いでは、ヘーラが絶句しているのだが、それに気付いていない。
実は、ヘーラ自身も結界を壊そうと考えてはあった。
だが、その強度に諦めざるを得なかったのだ。
マナが負のエネルギーに変えられており、ヘーラ自身、満足に力が発揮できなかった事実を考慮したとしてもあれはそう簡単に壊れるようなものではない。
果たして、リリーの力が凄まじいのか、結界が脆かっただけなのか、それとも全く別の要因が絡んでいるのか。
ヘーラはそのまま、思考の海にダイブしてしまったため、続いてクレスが疑問を投げかけた。
「ヘーラはああなっちまうとしばらく戻ってこないから置いておくとして……俺たちはどうすれば良いんだ?」
「そうですね……。あなた方は引き続き城壁の防衛をお願いします。南門での手応えを見るからに大した敵ではないですが、もしかすると、予想外の出来事が起こるかもしれません。ですから、くれぐれも城壁から下には降りてこないように。あくまで専守防衛でお願いいたします」
「了解した。他の者にも伝えておく」
各自の動きが決まった中、国王がおもむろに口を開く。
「では……余は万が一に備えるとしよう」
それはつまり、竜化の角笛の使用に備えるということだった。。
ヘーラは国王の不穏な気配を察知して思考の海から急速浮上した。
「陛下、リリー殿であればきっと成し遂げてくれるはずです……!」
「そうだな……。現に南門一帯のアンデッドを消滅させたのだから実力はあるのだろう。だがな、指を咥えて待つというのはどうも昔から苦手でな……」
国王は嘆いた。
自らも率先して動くタイプであったため、やれることがないことに歯痒さを感じていたのだ。
そんな国王にリリーは謙虚な姿勢を崩さずに提言した。
「あの……無礼を承知で申し上げるのですが、兵を鼓舞して差し上げればよろしいのではと……。王が側にいるだけで兵の士気はあがるものだと私の師は言っていました」
リリーは再び師の言葉を借りた。
この一言に国王は沈黙した。
(さすがに無礼だった……。というかわたし、師匠の言葉使いすぎ……)
リリーは額に汗を滲ませる思いであった。
だが、その思いとは裏腹に国王は豪快に笑い始めた。
「ガッハッハッハ!!! そうかそうか、そうであったわ! 無力感に苛まれすぎておった。
王としてあまりにも情けない! クラウディアに蹴飛ばされるところであったわ!」
「クラウディアさんは怒らせたら本当に怖いからなぁ……」
「えぇ……確かにこの国で一番怒らせてはいけない人だと思います……」
クレスとヘーラが口々に言うのを見て、リリーはそんなに怖いんだ……と少し興味が湧いた。