38話
「ご助力、感謝します」
そう言って頭を下げるリリーだがメリアの視線は厳しい。
青年はそんなメリアの視線を無視し、目を合わせようとはせず、自分に頭を下げるリリーのみを見ている。
「まあ、顔を上げて」と軽い口調で言うと、仰々しく身振り手振りを交えながら話を続ける。
「いやいや、感謝されるようなことではないよ。僕にとってこれはまだ過程に過ぎないからね。――――
僕の名はカイン。君たちを越えて、いずれブラック級に至る男の名だ」
カインは背を向けて足早にその場を後にした。
ふと、メリアの方を見ると、苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
本人の前では平静を装っていたが、内心では嫌悪していたのだろう。
彼女にしては珍しいとリリーは思った。
「率直に言って、わたくしの苦手なタイプですわ。自己陶酔が甚だしい……!」
「若干、その気は少しありますが……王都内の平和に一役買っているようですので……」
「まあ、それはそうですわね。ただ、それが事実であるというのが前提ですが……」
「それは一体、どういう……?」
メリアの発言を訝しんでいるリリーをよそにスカーフの男が言った。
「もしかしたら……とは思っていたが、あいつが"閃光"のカインかぁ」
「知っているのですか?」
「近頃のアンデッド騒動に対処している男の名だ。なんでも、アンデッドが湧き出た場所にはアイツが真っ先に駆けつけているらしく、剣で一振りしたら忽ちにしてアンデッドが消失してしまうそうだ……。陽の光さえも受け付けない特殊な奴らだというのに……ありゃあ、おそらく強力な祝福を受けた武器なんだろうさ」
スカーフの男が舌を巻いていると、メリアが申し訳なさげに尋ねる。
「そういえば……貴方のお名前をお伺いしておりませんでしたわ」
「あぁ、俺か? あの白い看板の店で武器屋を営んでいるロックという者だ。お前のお兄さんはうちのお得意さんでなぁ……」
ロックの指さす先には、『アイアンヘッド』と黒字で書かれた無骨なデザインで、白い看板を掲げているお店が見えた。
両隣にもお店はあるが、片方は花屋であり、もう片方はリリーには何のお店かよく分からなかった。
「なるほど、お兄様が――――また後日、お邪魔しますわ。今日は少し用事が出来ましたので」
「おう、分かった。暇な時に冷やかしでもいいから来てくれ。お前の兄さんには世話になっているからな! ハッハッハッ!!!」
ロックは快活な笑い声をあげると自身の店の方へと歩き始めた。
その後ろ姿を見送り、メリアが両手をパンッと合わせる。
「さて、と、リリー・スカーレット。わたしは今から、ちょっと調べ物をしようと考えているのですが、貴方はどうなさいます? 何も予定が無いのであれば付いて来ます?」
用事は無くはない。
だが、それは冒険者ギルドで屍竜の情報収集であるため、今朝方、大騒ぎを引き起こしておいてまた戻るのはさすがに気が引けた。
せめて、行くなら明日だろう。
どうせ暇なため、このまま付いて行こうかとも思ったが、家の前で置き去りにした骨太郎のことを思い出した。
「あぁ……わたしもちょっと、この後、用事が……」と返すリリー。
すると、不適な笑みを浮かべながらメリアが答えた。
「ふふっ……。そう来なくてはね、リリー・スカーレット。仲良く共同作業に応じるような人ではないとわたくしは分かっておりましたとも!」
そう言って、巻き髪の金髪は颯爽とその場を後にした。
何か大きな勘違いをしているような気がしたが、何も突っ込まなかった。
藪を突いて何が出てくるか分からない。
突かないに越したことはない。
〇
日が真上辺りにある。
朝っぱらからドタバタしたが、早くもお昼時だ。
そう考えると、ぐぐぅ……と途端にお腹が鳴った。
とりあえず昼食でも取ろうなどと考えるが、やはり、自宅前の広場に置き去りにしたワイトのことが気がかりだ。
「……どうしよっかな」
戻った先にワイトがいればいいが、いなかった場合は非常にめんどうくさい。
道行く人々に「こういう鎧を着た人を見ませんでしたか?」と聞いて回る羽目になってしまう。
だけど、何か起こってしまった時が大変だ……と思った時に閃いた。
ワイトは一応、立派な大人なのだからそこまで心配する必要はあるのだろうか……と何かが起こったとしてもいざとなったら、また光の精霊でピカーンとしてなんやかんやうまい事やるのではないか。
(だったら、まず、わたしはお昼ご飯を食べて……)
清々しい程の自己正当化をしたリリーの後ろから声が聞こえた。
「おー、いたいた」
リリーが振り返るとそこには幸か不幸か鎧姿のワイトがいた。
「あぁ……良かった」と一息吐くリリー。
「何が良かったんだ?」とワイトは疑問を抱くが、リリーは「こっちの話です」と言って話を流した。
「ま、何でもいいか。んで、ちょっと、話があるんだが――――王都にアンデッドが湧くようになったのはいつからだ?」
ワイトの声色は真剣そのものであった。




