37話
間もなくして、住居区に辿り着いたリリーとメリアだったが、大通りに人だかりが出来ているのが見えるだけで、それ以外にはこれといって何も起きてはいない様子であった。
リリーは屋根から飛び降りると、グレーのスカーフを頭に巻いた色黒で大柄な男に尋ねる。
「何かあったんですか?」
「スケルトンやらゾンビやらが突然、大通りに湧いたらしい」
「なるほど……湧いたはいいが陽の光で消滅したといったところでしょうか」
「いや、それがそうではなくて、あのアンデッドは少し特殊で陽の光を受けても何ら影響がないんだ」
「では、それは今どこへ?」
急激に雰囲気が一変したリリーに少しばかり動揺しながらも男は答えた。
「あ、あぁ……。だけど、もう問題は無いんだ。俺は悲鳴を聞いて店から出てきたんだが、アンデッドが湧き出た瞬間に偶々、通りかかっていたあの冒険者の青年が切り伏せたらしい」
男が指さす先には真新しい革の鎧を身に付けた黒髪の青年とその青年に頭をさげる女性の姿が見えた。
そして、男がぽつりと呟いた。
「それにしても、日光に耐性のあるアンデッドが現れるなんて……何かの悪い前触れじゃなきゃいいんだが」
「ちなみにそれはいつからでしょうか……?」
リリーは男に尋ねると、その答えはメリアから返ってきた。
「1か月ほど前からですわ」
「なるほど、ちょうどわたしが王都を留守にしている時ですね……。通りで知らないわけです……。すいません……」
リリーは申し訳無さに頭を下げた。
リリーがエルピス国に向かっている最中、王都内では、アンデッドが突然、出現する事件が巻き起こっていた。
止むを得ない事情があったにはせよ、アンデッド討伐において大きな利点を有するリリーが感じている責任は大きかった。
「リリー・スカーレット、貴方が謝る必要は全くありませんわ。貴方がいなくても王都にはわたくしが残っておりますから!」
そう言って胸を張るメリア・フェ・スノウローズ。
リリーはその姿を見ているとなんだか少し荷が軽くなったような気がした。
「あー! そうか! 名前を聞いて思い出した!」
何かに気付いた男が声を上げて話を続ける。
「どうしてシスターが……? と思っていたんだ。あんた、"赤い聖域"だな? そこの金髪の嬢ちゃんの言う通り1か月前で間違いない。あの日は確か、バルムンクが届いた日だったからな」
「バルムンク……?」
リリーは聞き慣れない単語が出てきて首を傾げた。
「あぁ、バルムンクってのは剣の名前で、黄金の柄に青い宝玉がはめ込まれてある竜殺しの剣なんだ。まあ、ちょっと、曰く付きなんだけどな」
「曰く付きと言われると気になるのですが……」
何故、曰く付きだと言われるのか。
その疑問に答えたのは意外にもメリアだった。
「殺された竜の怨念が宿っているという話ですわよね? 眉唾ですわ、そんなもの」
メリアは吐き捨てるように言うが、男は感心したように頷いている。
「お嬢ちゃん。よく、知っているね」
「お兄様がその手の代物に詳しいから、知らぬ間に覚えていただけですわ」
「お兄さんは何をやっている人なんだ?」
「ただのしがない冒険者ですわよ。そして、このわたくしは"白い聖域"ことメリア・フェ・スノウローズと申しますの」
「あぁ、なんだ……ライオネルの妹さんか」
「あら、お兄様とお知り合いで?」
どうやら、メリアの兄と知り合いであるらしい。
リリーはライオネルという名前に聞き覚えがあるが、どこで聞いたのかすっかり忘れてしまっていた。
たしか、ついさっき聞いたような……と記憶を辿っていこうするが誰かが近付いてくる気配を感じ、そちらの方へと目を遣ると、アンデッドを退治した件の冒険者が立っていた。
「おやおや、誰かと思えば"赤い聖域"と"白い聖域"のお二方ではありませんか」
前髪が両目にかかっており暗い印象を与える一方で声は爽やかだった。
身長は170cmほどであり、腰に剣を差している。
その鈍色の鞘には丸と三角を幾重にも重ね合わせた幾何学模様が描かれていた。
この剣を含めた、彼の装備には汚れがひとつもなく、全てが新品同然であった。
おそらく、新調したのだろうかとリリーは思った。
近頃多発しているというアンデッドが突然、沸き起こるという事件。
この事件に対処しているのはこの青年だという話を今しがた聞いたため、リリーはこの青年に対し感謝の言葉を述べる。




